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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

「島生み」の神々とハワイの森

 きょうは、昔々の大昔のお話。

 『古事記』にはこうあります。高天原(たかあまはら)の神々から「漂っている国土を固めよ」と命じられたイザナキノミコトとイザナミノミコトが、矛(ほこ)で海をかきまぜると、その矛先からしたたり落ちた塩が固まって島になりました。これが日本の起源オノゴロ島です。この島に降り立ったイザナキとイザナミは恋に落ちて夫婦神となり、淡路島を手始めに次々と新たな島をつくり「大八島」(おおやしま)と呼ばれる国土が完成。「国生み」の壮大な事業を成し遂げたというのですね。

 おもしろいことに、ハワイの創生神話にも、よく似た物語があります。遠い南の国からやってきた父なる空の神ワケアと、母なる大地の神パパの夫婦の間に、ハワイ島など3つの島が誕生します。しかし、パパが里帰りしている間にワケアは2人の美女と浮気し、ラナイ島やモロカイ島が生まれました。これを知ったパパは激怒。仕返しとばかりにルアという名の人間の酋長(しゅうちょう)と暮らし、やがてオアフ島が誕生します。でも、話はそれで終わりません。ワケアとパパはよりを戻し、そうして生まれたのがカウアイ島というわけです。

 つまり、ハワイの島々は「異父母兄弟姉妹」の、ちょっとややこしい家族関係、ということになりますか。

 ハワイの「島生み」の物語はほかにもあり、男性の神4人が海を漂っていたヒョウタンからハワイ諸島をつくった、という話や、半神半人マウイが海底から釣り上げた陸地が砕けてハワイ諸島になった、という愉快な伝承もあるそうです。こうした神話の多くはホノルル在住のライター森出じゅんさんの本から教えられたのですが、ハワイも日本も神代(かみよ)の時代はどちらも、なんとも人間臭く、おおらか。これもハワイ沖で発生して赤道をかすめ、日本列島を洗う世界最大級の暖流――黒潮がもたらしたものでしょうか。

 ハワイと日本の神話に共通するのは、豊かで深い森に対する畏敬(いけい)の念だと感じます。古代のハワイの人びとは、森の中を「神の領域」(WaoAkua)と考えていました。不思議な力を持つウルの木(パンノキ)の神話は、あちこちにあります。日本では、たとえば古くから人々の信仰を集めた熊野にも、天を突く木々や巨岩に対する素朴な感情が息づいています。12世紀の後白河法皇は、京の都からの遠路を、実に34回も熊野に詣(もう)でたといいますから、この世のものならぬ、妙なる自然の神秘を深く感得していたのでしょうか。地域研究者の桐村英一郎さんは長年、熊野で暮らしていますが、彼の言葉に、『在杜 坐神』(もりあるところに かみいます)。

 沖縄本島や八重山諸島には、神道として系統化される前の、古来信仰の伝統が残っています。その信仰のよりどころが「御嶽」。沖縄本島ではウタキ、八重山ではオン、ワーなどと呼ばれますが、鎮守の森の神社のようなもの。琉球神話の神アマミキヨによって創られた聖域・斎場御嶽(セーファウタキ)は、世界遺産にも登録され、最近ではパワースポットとして人気を集めています。

 そこへいくと、森の開墾とともに布教の版図を広げていったヨーロッパのキリスト教世界にはもともと、「神聖な森」という観念が薄かった。古代の神々や悪霊が棲(す)む暗い森を切り開くことこそが啓蒙であり、「文明」のあかしでした。北に進撃したローマ軍は各地でカシワやブナなどが茂る原始林の森を切りました。メソポタミア文明の最初の都市国家とされるシュメールのギルガメシュ王が、建国後にまずやったのは、深い森の中に分け入って、レバノン杉を守る半神半獣の森の神「フンババ」を殺すことだったのです。哲学者の梅原猛さんはそこに、現代にいたる自然破壊の罪の根源を見ていました。

 このコロナ禍をきっかけに、日本では、密集する大都会を離れて、地方の田舎や離島でのスローな暮らしをもっと見直そう、という流れが生まれつつあります。そうはいっても、パソコンやエアコン、自動車といった文明の利器を打ち捨てて森の中で暮らすのは、おいそれとはできませんね。でも、森の中にちょっと足を踏み入れて深呼吸をしてごらんなさい。わたしたちが日ごろ見失ってきた聖なる存在の大きさに気づくことは少なくないはずです。

 「科学の知」のみに頼って世界を見るとき、人間は孤独に陥るが、関係回復の道を示すのが「神話の知」である――哲学者の中村雄二郎さんはそう語りました。聖なるものなくして、人は生きられない。地球や自然と人間とのつながり、つまりは「共生のあり方」を根底から問い直すヒントは神話の世界のなかにこそある、と説いて、哲学者は3年前に世を去りました。

(日刊サン 2020.8.21)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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