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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

「クビ」になってもトランプ主義は生き残る

 米国の大統領選挙はどうやら、民主党のジョー・バイデン前副大統領がホワイトハウスの新しい主になりそうです。集票、開票に不正があったとして次々と裁判に訴える構えのトランプ大統領に「悪あがきはやめろ」「往生際が悪い」と非難の声が寄せられています。ただ、トランプ氏も全米で4年前を上回る7100万票を超える支持を集めて、歴史的な大接戦を演じたのですから、簡単にはあきらめきれないというのはわかる気もします。

 日本で人気のお笑いコンビ「パックンマックン」のパトリック・ハーランさん(50)はコロラド州出身で、民主党支持を公言していましたが、なおトランプ氏の支持者がこれほど多いことに「(バイデン氏の勝利は)うれしいけれど、何か複雑」と微妙な心境を明かしていました。

 バイデン氏には一度だけお会いしました。2001年9月11日、ニューヨークやワシントンが空前の同時多発テロの標的になって多くの人が犠牲になりました。その翌年の世界経済フォーラム(ダボス会議)は「世界はテロに屈しない」という連帯のメッセージを込めて、ニューヨークのウォルドフ・アストリアホテルで開かれたのです。

 国連と安全保障をめぐるセッションで、わたしは上院外交委員長だったバイデン氏と同じ円卓に隣り合って座り、あいさつをかわしました。まだ50代後半だったバイデン氏は品格があり、ベテラン上院議員らしい落ち着いた物腰に魅了されました。彼が「イスラム世界を敵とみなすような分断を招いてはならない。いまこそアメリカは、忍耐と良識を発揮すべきときです」とスピーチしたことをよく覚えています。

 ともあれ、バイデン・ハリスの正副大統領による新政権が来年初めには誕生し、米国にも世界にも、新しい空気が流れ込むことでしょう。

 4年前の秋、わたしは米国東部の古都ボストンに長期滞在していました。名門ハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)がチャールズ川をはさんであり、街にはリベラルな空気がみなぎっていました。大多数の人が民主党のヒラリー・クリントン氏の当選を信じて疑わなかったはずですが、ふたをあけてみたら、なんとトランプ氏の当選。「あっけにとられて声も出なかった」というのが本当のところでした。

 4年間にわたった「トランプ現象」とは何だったか。おそらく政治学者やジャーナリズムの格好の研究対象になるはずです。たしかに、おそろしく粗野で、「フェイクニュース」を連発し、人権や人種差別問題への意識は薄く、国民と世界を分断させた――振り返りたくもないリーダーなのかもしれませんが、型破りのトランプ氏に「希代(きだい)のポピュリスト政治家」のレッテルを貼り、お払い箱にするだけでは、見逃がすものも多いのではないか。

 あらためて、全米各州の選挙結果を郡や町ごとに示す詳細な地図を見ると、共和党の圧倒的な「赤い海」のなかに、民主党の「青い島」が都市部にポツン、ポツンと点のように浮かんでいる様子がわかります。

 自動小銃を構えたトランプ親衛隊の極右武装組織(ミリシア)などが注目を集めましたが、トランプ氏を今回も熱烈に支持したのは、グローバリゼーションから取り残され、やがて人口的にも少数派に転じる白人の農民や労働者たち、そして郊外で裕福な老後を過ごすシニア世代の「焦燥感」ではなかったのか。億万長者のトランプ氏の実像はどうあれ、トランプ氏は、将来の不安に駆られる彼らの声に初めて耳を傾けてくれる「ヒーロー」だったのですね。 よく、トランプ氏は「南カロライナ州出身の第7代米国大統領アンドリュー・ジャクソンの再来だ」とささやかれました。ジャクソンは白髪で長身。無学で野卑。容赦のないインディアン討伐で名を馳せました。露骨な白人至上主義者でしたが、白人の農民層や、東部のエリートたちを忌み嫌う人たちに圧倒的に支持されたのです。書類に「All Correct」とサインすべきところ、「Oll Korrect」と書いて、そこからOKという言葉になったという逸話も残っています。 トランプ氏はけっして突然変異ではなかった。「自国第一主義」を掲げ、人権なんかおかまいなし、といったトランプ氏のクローンのような指導者は、いまや欧州でも、南米でも、アジアでも、世界中にあふれています。 米国のニュース雑誌には「トランプがいようといまいと、トランプ主義は生き残る」(Trumpism will outlast Trump.)とありました。

(日刊サン 2020.11.20)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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