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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】子どもをマネーゲームのえじきにするな

 そのニュースを知って唖然。しばらく声が出ませんでした。

 名古屋の小学6年生が、同級生3人から「このコインは純金製で価値が上がる」などと持ちかけられ、8回に分けて、長年貯めていたお年玉をはたいて計93万円の現金を支払っていた、というのです。

 そのコインは名古屋港水族館で通常販売されている記念メダルでした。小学生は「このメダルは大手貴金属店でつくられた特注品。1gが9000円の価値がある。金の価格は上がり続ける」という触れ込みを真に受けて、36万円を支払っていたのでした。「プラスチック製のカナダドル札だ」と言われ、カナダの10ドル札を買うために25万円を渡していたこともわかりました。

 日経平均株価が34年前のバブル景気のピークを更新し、40000円の大台に乗せたニュースが最近の日本を泡立たせています。「バブルの夢よ、もう一度」ということなのか。今年からは、政府の肝いりで新NISA(個人投資家のための税制優遇制度)が始まり、わたしの周囲でも老後の乏しい生活資金を補う運用益を求めて、新NISAを始めたよ、という人が少なくありません。

 たしかに長年、銀行や郵便局に定期預貯金を寝かせておいても、超低金利政策もあって、利子はスズメの涙ほどもありません。「貯蓄から投資」への流れをなんとか加速させたい政府の意図も、わからなくはありません。

 ただ、元本や利益が保証されるわけではない。それは大人の自己責任の世界のことだと思っていたら、それが大違い。いまや「カネの儲け方」を学校が教えるご時世。2022年度からは高校での「金融教育」が始まりました。楽しく遊びながら、消費者トラブルを避け、効率的に資産を形成する金融リテラシーが身につくとかで、電車の中で輪になってスマホの株取引ゲームに夢中の子どもたちも目撃しました。聞き耳をたてると、「運用」「キャッシュ・フロー」といった言葉がポンポン飛び交っています。

 3歳から金融に触れる機会がある英国や、小学校5年生から学校での本格的な経済教育が始まるドイツに比べ、周回遅れになっている日本は、後を追いかけるのに躍起です。その背景には、年金はあてにならず、終身雇用制の崩壊や非正規雇用の拡大などで、将来を見通すことが難しく、個人の資産形成に頼らざるを得ない日本のお寒い現状があることも見逃してはなりません。

 しかし、子どもたちが目の色を変えてマネーゲームに興じる国など、わたしは見たくもありません。大学生の間では「株で大儲けして、都会の超豪華なタワーマンションに住む」夢を語る人が増えています。夢にいちゃもんをつけるのも何ですが、労せずして濡れ手に粟、はびこるカネ万能の拝金主義(mammonism……これこそ、おぞましい世紀末の風景ではないでしょうか。

 81歳で亡くなった俳優の菅原文太さんは、晩年は山梨県の八ヶ岳のふもとで無農薬農業に打ち込み、土にまみれました。「額に汗せずに金儲けをしてはならない。そのことを今の日本人は忘れていないか」と憂えていました。

 京都・洛北の竜安寺の一角に「吾唯足知」(われ、ただ、足るを知る)の文字が刻まれている蹲踞(つくばい)があるのをご存じでしょうか。欲望のおもむくままに人生を散らすことを戒め、日々の暮らしに満足する心の穏やかさのかけがえのなさを説いたものです。

 わたしは株取引に手を出したことは一度もありません。これからも、ないでしょう。さりとて「清貧」を気取れるはずもないのですが、歳ふるごとに余計なものを買わなくなったし、

京都の竜安寺のつくばい

(おいしいものを食べたい、という食欲を除くと)消費意欲も減退するばかり。居酒屋で焼き鳥をほおばりながら、焼酎を呷(あお)れば、それで満足。こんなジジイばかりでは、日本経済はデフレから回復しない、とエコノミストたちには鼻つまみにされそうですが。

 わたしが敬愛する世界の喜劇王チャーリー・チャップリンは次のような言葉を残しています。

 「人生は恐れなければ、とても素晴らしいものなのだ。人生に必要なもの。 それは勇気と想像力。それと、ほんの少しのお金(some money)だ」

 このコラムも今回で終わりです。長い間、ご愛読いただきありがとうございました。また、皆様にどこかでお会いする日を心待ちにしております。

 マハロ、そしてSee you soon.

喜劇王チャップリン

(日刊サン 2024.3.22)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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