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デジタル版・新聞

高尾義彦のニュースコラム

リニア中央新幹線、ちょっと待って

 リニア中央新幹線の新型車両が10月19日、山梨リニア実験線(42.8キロ)を時速500キロで走り、報道陣に公開された。品川・名古屋間2027年開業を目指すが、静岡県知事の同意が得られず、「27年開業は困難」との見通しが確定的となった。その上、新型ウイルス感染の広がりを受けて、スピード優先の考え方に再考を迫る生活意識の変化が起きた。この機会に「立ち止まって考えるべきだ」と言いたい。

 リニア新幹線計画は、27年に名古屋まで40分、37年に大阪まで438キロを67分で結ぶ目標を掲げて路線を決定、準備工事が進む。現行の東海道新幹線が東京五輪の1964年開業以来、利用客が増加し、もう一本の大動脈が必要との判断で、南アルプスの最大1400メートルに及ぶ大深度地下にトンネルを掘って熱伝導磁気浮上式のリニアモーターカーを走行させる構想が、2011年に国により整備計画決定された。

 予定線沿線では歓迎の声が上がる一方で、建設中止を求める訴訟も起きて、計画浮上以来、安全性などにも論議が続いてきた。問題点が突出したのが静岡県の態度を中心とした動きだった。全長25キロの南アルプス・トンネルのうち静岡工区(8.9キロ)だけが未着工で、地元の茶農家などは10月30日、新たに工事差し止めを求める訴訟を起こした。

 南アルプス・トンネル工事をめぐる川勝平太静岡県知事の発言は、2017年に遡る。記者会見で、大井川の源流部分にトンネルを掘るため大井川の流量が減り周辺生態系が壊される懸念がある、と指摘。トンネル湧水を全量、元に戻すように工法の工夫をJR東海に要請してきたが、具体的な対応策が示されていないと憤りを表明し、協力は難しいと明言した。

 JR東海は翌18年9月、南アルプス・トンネルの準備工事として作業員宿舎建設に着手した。静岡県側は南アルプスの軟弱土質などの問題点を挙げて、独自に環境保全連絡会議を設置し、川勝知事は「大井川の水量及び生態系への影響をJR東海が熟慮するなら賛成」と、態度を軟化させたかに見えた。しかし中央新幹線対策本部長を務める難波喬司副知事は「JR東海はリスク管理を事前に出来ないと言っているに等しく、基本姿勢を改めない限り、議論を進める必要はない」と反発。大井川水資源を利用する島田市長、川根町長のほか、焼津、掛川、藤枝、菊川など8市2町にも警戒感が広がった。

 その後、20年6月、JR東海の金子慎社長が川勝知事と初めて会談、準備工事着手に同意を求めたが、物別れに終わった。静岡県は7月3日、準備工事の着手を認めないと文書で回答し、これを受けてJR東海は、品川・名古屋間の27年開業は難しいと延期を表明した。

 静岡県側の責任者である難波副知事は11月2日、日本記者クラブで「JR東海との対話の状況」について記者会見し、「大井川の水は命の水」との認識を強調したうえで、「県民が安心できるレベルの環境影響評価を実施してほしい」と述べて、対話は続ける姿勢を示した。

 筆者自身の新幹線体験を振り返ると、大学進学のため上京した1964年の10月、東京五輪直前に新幹線は開通したが、当初は拒否感があり、大阪までは夜行列車で徳島に帰郷したこともあった。新聞記者として69年に赴任した静岡で、その年に開通した東名高速道路と新幹線の事故警戒が日常的な取材の課題だった。今回、焦点になっている大井川下流地域は、牧之原など静岡を代表する産業であるお茶の産地であり、県民が神経を尖らせる気持ちはよく理解できる。リニア新幹線は静岡県内を通過するだけで県内駅設置の計画はなく、この点も心理的背景にはあるのかも知れない。

 リニア新幹線は、JR東海が東海道新幹線の利益を注ぎこむことにより、総工費9兆円で独自に開発する計画を2007年に打ち上げたが、政府は早期開業を求めて未来投資の経済対策と位置づけ、財政投融資資金3兆円の投入を決めた。安倍政権下の2016年、30年間元本返済据え置きの好条件だった。

「そんなに急いでどこへ行く?」と問題提起する「リニア新幹線 巨大プロジェクトの『真実』」(集英社新書)の著者、経済学者の橋山禮治郎さんは、リニア新幹線から撤退したドイツの先例を上げて、「国会の責任ある審議もないまま決定した計画。開通時の日本の人口は24%減ることも考慮されていない。中間評価したうえで、考え直すべきだ」と提言する。リニア方式が莫大な電力を必要とし、2基程度の原発の存在を前提としていることも、3・11の東京電力福島第一原発事故を経験した国民には懸念材料だ。

 ドイツの技術を導入してリニア新幹線を開業した中国では、コロナ汚染が広がった今年、乗客減に伴い最高速度を300キロに引き下げた。日本でも東海道新幹線の乗客は大幅に減りJR東海は初めて赤字に転落した。新型ウイルス汚染の拡大で、テレワークや会社を地方に移す事例も出始め、移動のスピードを重要視する価値観は、揺らぎ始めた。

「国家百年の愚策」と指摘する橋山さんの言葉を重く受け止めたい。

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ』を自費出版。


(日刊サン 2020.11.11)

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