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ニュースコラム 高尾義彦のニュースコラム

【高尾義彦のニュースコラム】教育の未来を拓くかもしれない新しい高等専門学校が誕生

 新学期が始まった。スダチの産地として知られる徳島県神山町で、私立の「神山まるごと高専」が4月に開校した。10数年前からIT関連のサテライトオフィス(SO)が東京などから移ってきて知名度が上がった町だが、ユニークな高専の誕生は、人材育成の新たな可能性を探る挑戦として全国的な関心を集める。

 生まれ故郷の徳島に5年制のユニークな高専が誕生するという話は、東京で活動する徳島県人で組織する「徳島クラブ」の会合で、学校法人神山学園理事、大南信也さん(69)の講演を聞いて、目を開かされた情報だった。毎年秋には世話になった人たちに神山のスダチを送ってきたが、その神山が大南さんらの活動で県外からの芸術家やSOなどの転入の実績をあげ、その延長線上に新しい高専の構想が生まれたことを知った。

 神山高専は定員40人の一期生募集に対して、全国40都道府県から399人が受験し、44人が合格、倍率は9・1倍を記録した。受験者の内訳をみると、東京61人、徳島39人、兵庫27人が上位を占めた。四国に限ると、愛媛20人、香川11人、高知6人。米・英・中国、ベトナムなど6か国にある日本人学校の生徒も応募してきて、この高専の人気度を物語っている。

 合格者は男女各22人で、一般の高専に比べ女生徒の比率がかなり高い。合格者の出身都道府県は東京、北海道、徳島がベストスリーとなっている。「モノをつくる力で、コトを起こす」をコンセプトに、卒業後に起業を目指す人材などを育てたい、というのがこの高専の狙いだ。

 大学を含め高等教育と言えば教育費が大きな負担となるが、神山高専ではこれをクリアーするために、寄付や基金の運用益を活用して、開校にあたって負担ゼロを実現したのも、特筆すべき取り組みとなっている。学費として年間200万円、全寮制なので寮費が100万円かかるが、学費をすべて給付型奨学金として支給することで無償とした。来年度以降の新入生も各年度40人前後と想定して、1年生から5年生まで約200人を対象に学費などを無償とするシステムの目途がついたという。

 理事長の寺田親弘さん(46)はクラウド名刺管理サービス社長として神山町を活動の拠点に選んだ企業人だが、奨学金制度を実現するため企業や個人から100億円を集める計画を立て、主に東京都内の企業を訪問、開校の趣旨を説明し、賛同を求めた。

 この要請を受けて出資企業は11社、拠出金は105億円と目標を超えた。開校資金として企業31社、個人26名からの寄付も25億円を超え、徳島出身の起業家で東京で成長した会社をはじめ、さまざまな業種の企業が「社会が支える高等教育」のコンセプトを積極的に応援していることが分かる。

 個人的な体験だが、東京で出身大学の県人会や高校同窓会の活動に携わっていると、自分が東京に進学した時代に比べ、進路として東京を選ぶ後輩が大幅に減っていることを実感する。一つの要因として少子化により一人っ子は地元にという傾向があるが、経済的理由で夢を諦める若者も多いと想像される。それを考えると、学費などの心配なしに5年間学べる環境が用意されることはとても大きいと実感する。

 推進役となってきた大南さんは、地元で生コン工場など建設業に携わっていたが、1977年から79年にかけて米シリコンバレーで仕事をした経験を持つ。早くからコンピューターを導入したほか、「日本の田舎を素敵に変える」「デジタル田園都市」などの概念を、言葉だけではなく実体化する試みを重視してきた。神山高専では、時代に合った、モノを生み出す人間を育てることを大切にしたい、と言う。

 講演で大南さんは「過疎化した地域が生き残るための解決策を見出そうと、1990年代初頭からアートと環境を柱に地域と世界をつなぎ、グローバルで創造的な地域活性化を展開」と自分の経歴を紹介。ワーク・イン・レジデンスなどの移住環境を整え、2010年以降にITベンチャー企業など10数社のSOを誘致し、新しい雇用も生み出してきた。

 大南さんはNPO法人グリーンバレーの理事として高専設立時の寄付の受け皿を担ってきたが、このNPOが育ってきた軌跡も注目に値する。発端は1991年の「青い目の人形の里帰り」実現だったという。

 第二次大戦以前の1927年、米国から日本に贈られた友好親善人形12,739体のうち1体が神山町神領小学校に保管されていた。このアリス・ジョンストン人形が所持していた「パスポート」から贈り主を探し出し、64年ぶりの里帰りが実現した。成功体験を共有した地域住民が身の回りから社会を変えてゆく活動に取り組み始め、神山町国際交流協会から国際文化村委員会へと発展し、NPO法人グリーンバレーに成長。2007年から神山町移住支援センターの運営を委託されて、IT関連のSOに加え、23か国延べ80人近い芸術家も滞在する町になった。

 亡くなった音楽家坂本龍一さんの最後の作曲が神山高専の校歌で2日の入学式で披露されたことも付け加えておきたい。

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ』を自費出版。


 

(日刊サン 2023.4.5)

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