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ニュースコラム 高尾義彦のニュースコラム

【高尾義彦のニュースコラム】読書の秋 どんな本を読もうか

 灯火親しむ季節。古い言葉だが、読書の楽しみは人生を豊かにしてくれる。77年を生きてきて、感動、感銘を受けた書籍は多い。これからどんな本を読もうか、と書店でベストセラーや古典の背表紙を眺めるのも楽しい。若い世代は、スマホに時間を費やし読書時間は減る傾向にあるが、本に親しむ時間を増やしてほしいと望む。

 岩波書店編集者の上田麻里さんから新書『読書会という幸福』が送られてきた。新書担当としては最後に手掛けた一冊とのことで、翻訳家で司書の向井和美さんが読書会体験を綴っている。次から次へと古今東西の名作が登場し、それらの本にまつわる読者同士の交流が報告され、「これまで人を殺さずにいられたのは、本があったから」とショッキングな言葉が、帯に。

 女性編集者の上田さんは、岩波ブックレット『住専を忘れるな中坊公平が語る正義の回収』(1997年)の聞き手を筆者が務めた際に担当してくれた。以来、彼女が編集した新書を手に取ることもあり、読むべき本を選ぶ手がかりを与えてくれる。

 しばらく前に、自分の読書体験を振り返る貴重な機会があった。学生時代からの友人で『小説大蔵省』など経済小説で知られる作家、江波戸哲夫さんから声をかけてもらって、フェイスブックに「ブック・カバー・チャレンジ」のタイトルでコラムを7回、連載した(2020年秋)。人生に彩りを与えてくれた書物をめぐるあれこれを、リレー方式で執筆した。

 最初に取り上げたのがマルセル・プルースト著『失われた時を求めて』(岩波文庫)だった。吉川一義京大名誉教授の新訳。1964年に大学に入って最初に仏文の講義を聴いた井上究一郎教授(当時)が初めて日本語に全訳した。専攻は一応、仏文なので、原文で読みたいところだが、そこまでの語学力は身につかなかった。仏文後輩にあたる吉川さんの訳本14巻が出そろったところで2カ月以上かけて読み終え、宿題を果たした。

 2回目以降は関千枝子著『広島第二県女二年西組原爆で死んだ級友たち』(ちくま文庫)▽高橋順子著「連句の楽しみ」(新潮選書)▽角田光代訳「源氏物語」(河出書房新社、上中下3巻)▽『ヘンリー・ミラー全集』(新潮社)▽石川啄木著『一握の砂・悲しき玩具』(新潮文庫)▽坂上遼著『ロッキード秘録 吉永祐介と四十七人の特捜検事たち』(講談社)。

 広島の原爆で亡くなった級友を追跡取材した関さんは新聞社の先輩で、反核・平和運動は、記者として携わったテーマだった。「連句」の高橋さんは仏文の同級生。筆者は友人2人とメールで連句を楽しみ、136句の歌仙は200巻を超えたが、その出発点で彼女の著書を「教科書」に、何度かお酒を交えて指導を受けた。

 「源氏物語」は、読了したのは瀬戸内寂聴さんが訳した講談社版全10巻。角田さんの新訳は、興味を持って購入したものの読めてはいない。『ヘンリー・ミラー全集』は、学生時代に取りつかれたように読んだ小説で、いまはもう手元にない。石川啄木の短歌は、それよりもっと前、中学か高校の頃、文学に関心を持つ入り口になった。「特捜検事」の本は、ロッキード事件の取材体験から、この本を出版する段階で著者から意見を求められたこともあり、新聞記者としての原体験に関わる本として取り上げた。

 この7冊には含めなかったが、自分が愛読してきた作家をあげると、まず石川淳の名前が浮かぶ。学生時代以来、若いころには『普賢』『焼跡のイエス』『紫苑物語』『狂風記』などを愛読した。もう一人が仏文の先輩でもある大江健三郎だ。

 新聞社には現役をリタイアした人たちの「毎友会」という組織があり、筆者が編集を担当しているホームページに「新刊紹介」のコーナーがある。現役も含め新刊の著書を紹介するコーナーで、メディア論を中心にノンフィクション作品に目を通すことも多い。

 振り返れば、人と人のつながりから、手に取る本を選ぶケースが多い。ノンフィクション作家、佐野眞一さんは、夫人がわが母校・徳島県立川島高校1年後輩という縁で、『東電ОL殺人事件』『旅する巨人』などの作品に親しんできた。97歳の元社会部長、牧内節男さんはネット上で月3回の新聞発行(「銀座一丁目新聞」)を継続、「新聞記者は読書を」と折に触れて強調している。読書体験を通じて自分の精神世界が豊かになると実感する。

 先に触れた『失われた時を求めて』は、邦訳で400字詰め原稿用紙1万枚に及ぶ。著書『読書会』で向井さんは「フランスでは、読了した人は名刺にその事実を記載してよい、と言われているほど」と付記する。最近は漫画本も出版され、挑戦の入り口になる。現役を卒業した際、後輩たちから電子書籍用の端末をプレゼントされ、これも利用の仕方次第で読書の手助けになる。

 歌人俵万智さんが、読書をテーマに毎日新聞に寄稿した若者向けのコラムで「読書は言葉の貯金になります」と綴っていた。言葉の力は「紙」の新聞の力にも通じる。

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ』を自費出版。


 

(日刊サン 2022.9.14)

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