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デジタル版・新聞

高尾義彦のニュースコラム

アウンサンスーチーさん

 アウンサンスーチーさんの誕生日である1945年6月19日は、筆者の誕生日でもあり、彼女は今年75歳を迎える。ノーベル平和賞受賞が発表された1991年に、社会部デスクとして関連取材を指示して彼女の資料に目を通していた際、誕生日が同じであると気づいて、驚いた。それまで、作家太宰治の桜桃忌にかこつけて自分の誕生日を宣伝してきたが、生年まで一緒という偶然に、見えない縁を感じた。

 

 毎日新聞では、彼女が綴る「ビルマからの手紙」を95年11月から連載した。民主化運動を進める国民民主連盟(NLD)を率いる指導者として軍事政権と対峙し、6年間にわたる最初の自宅軟禁が解除された直後だった。軍事政権が、国名の英語表記をビルマからミャンマーに変えたことを彼女は認めず、連載のタイトルには「ビルマ」が使われた。連載は当時外信部記者だった永井浩さんが中心になって進め、筆者も連載を通じて彼女の存在を身近に感じ、活動に関心を持ち続けてきた。

 90年代のビルマは、軍事政権が圧倒的な力を持ち、いったん国外に出ると再入国を許さない時代で、平和賞授賞式には夫の英国人、マイケル・アリス氏が代理出席した。マイケル氏が99年に亡くなった時にも、祖国の民主化運動を進めるため英国に渡ることを断念した。自宅軟禁は3度に及び最後の7年半の軟禁が解かれたのは、2010年だった。

 軍事政権下で定められたミャンマーの憲法によると、国会議員の4分の1を、選挙ではなく国軍最高司令官が指名する軍人が占める。NLDは、この規定は「民主化の障害になる」として改憲を求めて2015年の総選挙で大勝した。しかし、憲法には「外国人の家族がいる場合、大統領には就任できない」との規定があり、スーチーさんは党首として政権与党の最高責任者の地位にあるが、政府の肩書は「国家顧問」となっている。

 現行憲法を改正するには、上下両院の4分の3を超える賛成が必要だが、ここで軍人議員の反対が大きな壁になる。NLDは今年に入って、軍人枠を段階的に減らすなどの改正案を国会に提案したが、4分の3の壁を超えることが出来なかった。こうした政治状況の中で、ミャンマーでは11月に総選挙が予定され、これまで国民の圧倒的支持を得てきたスーチーさんは、最低限、過半数獲得を目標に、正念場を迎える。

 最近の政治課題をみると、ロヒンギャ難民の問題がNLD政権に重くのしかかる。この国では、ビルマ族が人口の7割を占め、それ以外に130を超える少数民族が暮らす。長く、ビルマ族中心の政治との不満が根強く、民政移管後に少数民族武装勢力とは随時停戦協定を結んできたが、その中で西部ラカイン州の少数派イスラム教徒、ロヒンギャに対する軍政当時からの迫害問題が国際的な批判を浴びてきた。

 スーチーさんは19年12月にハーグの国際司法裁判所(ICJ)に出廷し、国軍の正統性を主張したが、ICJは今年1月、ジェノサイド(大量虐殺)につながる行為を防ぐための対策をとるよう命じる仮保全措置を決定し、4か月以内の報告を求めた(5月に回答したとみられる)。国内でロヒンギャは、バングラデッシュからの移民として権利擁護には国民の間に異論も多い。国軍が過去に果たした対応も重なり、解決困難な課題として、彼女の指導力が問われる。

 加えて新型コロナウイルス汚染の拡大で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は4月23日、アジア地域における難民の権利尊重を求める声明を出した。声明の重点はロヒンギャの保護で、その直前に、バングラデッシュ当局が400人近いロヒンギャ難民を乗せた難民船を保護したところ、32人が船内で死亡しており、現地からの報道では、タイやマレーシアで上陸を拒否され約2か月間漂流していたという。ミャンマーからインドへ脱出したロヒンギャが、コロナ汚染に直面している事例も報告されている。

 NLD政権にとって、低迷する経済も大きな課題で、経済成長率上昇を目指して、さまざまな改革や法整備を続けてきた。「一帯一路」の巨大経済圏構想を掲げる中国の習近平国家主席は今年1月、ミャンマーを公式訪問し、スーチーさんと会談した。ミャンマーからは、すでに中国への天然ガスや石油輸送の事業が始まっていて、中国との関係が経済発展のカギの一つになる。

 スーチーさんはここ数年、天皇即位の礼などで日本訪問を重ねて、日本にも友人が多い。ロンドン留学の出会い以来の友人で「ビルマ応援の会」代表、宮下夏生女史らは日本から移動図書館バスを贈るプロジェクトを通じて永年、スーチーさんをサポートしてきた。北九州市のシャボン玉せっけん(株)は井戸の建設事業を支援している。京都府のNPOは「小水力発電を農村に」と活動する。

 宮下さんを中心に本城悠子さんらが翻訳出版した評伝「アウンサンスーチー 愛と使命」(ピーター・ポパム著、明石書店)を読み直し、苦境にあるスーチーさんが民主化のための闘いをさらに力強く進めてほしいと希望する。

 


高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の 追いつめる』『中坊公平の 修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ』を自費出版。


 

(日刊サン 2020.6.9)

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