うぬ、文章書きのはしくれとして、これは聞き捨てなりませんぞ。「あなたは誰よりもうまく、楽しいコラムを、簡単に書くことができます」。最近話題の対話型人口知能(AI)――「チャットGPT」の宣伝文句です。
AIがどんな質問にも答え、最適な解を導き出すチャットサービスは、米国のベンチャー企業「オープンAI」が2022年11月に公開して以来、世界で利用者がすでに1億人を超えたという新技術です。正式には「Generative Pre-trained Transformer」というそうですが、高度化したAIが自発的にデータを学習してどんどん賢くなり、アウトプットを合成していく画期的なツールです。
「人間の脳のニューロンやシナプスにあたる、AIのパラメータ数がけた違いに多いのです」。テレビで学者がそう解説していましたが、文系脳のわたしにはピンときません。
ものは試し。わたしもメールアドレスとパスワードを入力して、ごく入門編の「チャットGPT」にアクセスしてみました。「日本のいまの総理大臣は誰?」と尋ねると、「菅義偉(よしひで)です」。おいおい、ダメじゃん、と思っていたら「2023年4月17日時点の総理大臣は不明です」と画面が変わりました。なーんだ、この程度かね。
「チャットGPTの弱点は何か?」と意地悪な質問をしたら、「データに誤りがあると偏った回答になる。質問者の意図を理解できないことがある。前後の文脈から意味を理解するが、長期的なテキストを扱うことは苦手」と、わりと謙虚でしおらしい。
しかし、これは入門編。「チャットGPT」の本当の凄さを知らなかっただけのことでした。いまや、世界中の研究機関がこのツールを活用して研究開発のアイデアを編み出したり、大学当局が学生のリポートに「コピペ」しないように警告したりと、大騒ぎ。東京大学の理事・副学長の太田邦史さんは「人類はこの数カ月でルビコン川を渡ってしまったかもしれない」とさえ言うのです。
AIが遠からず人間を超える――米国の未来学者レイ・カーツワイル氏は、AIが指数関数的(exponential)に進化して「2029年には人間の知能を超える技術的特異点(singularity)に達するだろう」と予測して大きな論争を巻き起こしました。野放図に開発されるテクノロジーの前に人間はひれ伏し、その「僕(しもべ)」となっていくのでしょうか。
「チャットGPT」への世界の対応を見ると、浦賀沖に現れたペリー提督の黒船をきっかけに、日本国内が「攘夷(国を閉じる)」か「開国」かに揺れた幕末の時代を思い起こしてしまいます。
「攘夷」をいちはやく打ち出したのはイタリア。個人情報が適切に収集・保存されていないとの疑いから使用禁止の措置を取りました。ほかの欧州にも追随する動きがあります。米国の非営利団体「Future of Life Institute」は「AI開発は制御不能な競争に陥る」とAI開発の半年間凍結を求め、大富豪のイーロン・マスク氏ら2万人が賛同しました。
これに対し「開国」派を代表するAI推進論者、東大教授の松尾豊さんは「可能性を閉じないことが大事。チャットGPTは使いながら、仕組みやルールを整えていけばいい。でなければ、日本は取り返しがつかないほど世界の先頭集団から離されてしまう」と訴えます。中国ではIT大手の百度(バイドゥ)が対話型AIをすでに公開しています。
こうした論争をしり目に、初期のチャットGPT―3ないし3・5は、いまやGPT―4に飛躍的に性能が向上しているとのこと。MITメディアラボ元所長の伊藤穣一(じょういち)さんは「GPT―3がまあまあ頭のいい小学生なら、GPT―4は大学生のレベル」だとか。文章の要約、添削、小説や台本、メルマガの作成はお手のものだそうです。
GPT-4が作成したという「安倍晋三元首相と坂本竜馬の架空対話」には、たまげました。タイムスリップして現代にやって来た竜馬に安倍氏が「これはまさかのご対面ですね」と言うと、竜馬は「安倍さん、はじめまして。なんだか現代はずいぶんと様変わりしているようですね」
竜馬なら土佐弁で「おまん、まっこと、驚いたぜよ」とか言わせんかい、と突っ込みたくはなりますが、うーん、なかなかのでき栄えです。この「サン」のコラムもチャットGPTで添削してもらおうかな。編集長には内緒で。
(日刊サン 2023.4.28)
木村伊量 (きむら・ただかず)
1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。