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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

万物がよみがえる春 「いのち」とは

〽うさぎ うさぎ 何見てはねる 十五夜お月さま 見てはねる

 

夜空の月を眺めると、懐かしい童謡を思い出します。この季節の月は、秋冷の青い月ではなく、温かみを帯びた朧月(おぼろづき)でしょうか。

月にウサギがいるという説話は、アジア各地をはじめ、メキシコなど、世界のあちこちに伝えられているようです。

日本の『今昔物語集』には、こうあります。山の中に、腹をすかせた哀れな老人がいました。キツネは川で捕ってきた魚を、サルは木の実を老人に与えましたが、ウサギは何も施すものがありません。ウサギは自らを食料にして老人を助けようと、燃えたぎる火中に身を投げるのです。

実は老人は帝釈天(たいしゃくてん)の仮の姿。ウサギの捨て身の利他の菩薩道を永遠に伝えようと、ウサギを月に送ったのでした。「だが今でも私は/月に兎がいるのだと思っている/月は昔疲れた飢えた旅人のために/身を焼きささげた兎だと」。岩手の詩人・村上昭夫はそううたいました。

奈良の法隆寺の国宝・玉虫厨子(たまむしのずし)に描かれた『捨身飼虎図』(しゃしんしこず)は、餓えたトラの前に前世の釈迦ブッダがわれを食べよ、と身を投げ出す究極の慈悲の姿です。

宮沢賢治に『よだかの星』という作品があります。「よだか」は醜い外見のために他の鳥たちから笑われ、バカにされるのですが、一匹のカブトムシを呑み込んだとき、他のいのちを奪って自分が生きていることが悲しくなり、いっそ星になってしまおうと思い詰めるのでした。

ナイーブといえば、実にナイーブ。ロマンチックなお話ですね。しかし、そこには、生きとし生きるものの「いのち」を優しくみつめる思想が流れ、だからこそ人びとに愛され、語り継がれてきたのでしょう。

物語でなくとも、ブッダとほぼ同じ時代、古代インドのマハヴィラが起こしたジャイナ教の信者は、虫一匹でも殺さないようにと柔らかい毛の箒(ほうき)で道を掃きながら歩きます。徹底した「不殺生」の教えは、「インド独立の父」マハトマ・ガンジーの「非暴力」(アヒンサー)の思想にもつながっています。イタリア・ルネサンス期の「万能の天才」レオナルド・ダ・ヴィンチの趣味は、街で買ってきた小鳥たちを、籠から大空に放って自由にしてやることだったそうです。

でも、「不殺生」なんてことが、ほんとうにできるのか。イキモノが生きるとは、他のイキモノを殺して、いのちを奪うこと――その「いのちの実相」を、曇りのない冷徹な目で見つめた人に、東京の小学校教師だった鳥山敏子さん(2013年に逝去)がいます。

彼女は小学4年の子どもたちに、学校で飼っていたニワトリを殺し、解体し、その肉を食べるという「いのちの授業」を行ったのです。ニワトリがかわいそうだ、と泣き出す子、気持ち悪くなる子もいて、大騒ぎ。しかし、子どもたちは強烈な体験を通して、いのちが何であるかを肌で感じ、奪われるイキモノのいのちを粗末にしてはならない、と大切なことを学んでいくのです。

「動物を食べるのは罪が深いから」と、菜食主義に徹するベジタリアン、ビーガンと呼ばれる方たちも大勢います。個々の宗教や信条が尊重されなければならないのは当然だとしても、動物と植物との間に、どんな「いのち」の区別があるのでしょうか。食べることで、イキモノのいのちを奪っていること自体には、変わりがないように思えてなりません。

「なりわい」のために海や川で働く漁師や、山で獲物を追う猟師には、自然の恵みに対する畏敬と感謝があります。しかし、漁や狩りを「趣味」や「スポーツ」と考える人たちの心情が、わたしはどうにも理解できません。

『利己的な遺伝子』などで知られる生物学者のリチャード・ドーキンス氏は「われわれの多くは極悪犯人に対してですら死刑の執行をしりごみするが、たいした害獣でもない動物を裁判にもかけずに喜々として撃ち殺す。それどころか、われわれは多くの無害な動物をレクリエーションや遊びのために殺している」と人間の身勝手さを難じました。

万物がよみがえる春。「いのち」に思いはめぐります。

(日刊サン 2021.03.19)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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