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木村伊量の ニュースコラム

ストレスは悪者? それとも、活力のビタミン?

女子テニスの世界的なプレーヤー大坂なおみ選手が、自身のSNSで全仏オープン(パリ)からの撤退と、ここ数年うつ病に苦しんでいたことを明かし、各界から同情と激励の声が寄せられました。

もともと人前で話すことが苦手だったという彼女。急にスターダムに押し上げられた、トップ選手の緊張はいかばかりだったか。ゆったりと心と体を休めて、再起を期してもらいたいと願わずにはおられません。

わたしも身近な肉親で経験しましたが、心の病は誰にでも起こりうるもの。いま、教えている医科系大学の学生さんの中にも、このコロナ禍で、悩みを打ち明ける友人もできず、気晴らしの機会も少なく、強いストレスを感じてうつ状態と診断される人が少なくありません。わたしは若い学生さんたちには授業でいつもこう言っています。「人生は山あり谷ありの、長い長い障害物競走。少々わき道で休んで、仲間より遅れたって、どうってことないよ」

ストレスって何でしょう? ストレスを感じない人は見たことがありません。いえ、実は一人だけ知っています。日本相撲協会の元理事長の故北の湖(きたのうみ)親方。現役の横綱時代には「憎らしい」と言われるほど無類の強さを誇りましたが、ある場所での優勝後のインタビューで「長い間、一人横綱を張って、さぞストレスがたまるでしょうね」とマイクを向けられて、「よく聞かれるのですが、そのストレスって何のことですか?」。思わず、のけぞりました!

でも、ふつうの人にとっては通勤、通学のイライラ、そして試験の重圧。職場や学校での「いじめ」をはじめ、さまざまなハラスメント、家庭内での不満……。ストレスの数々に取り囲まれているのが現代の日本社会です。ストレスゼロとは、死んだ状態にほかならないのです。

歴史を少し振り返ってみても、心の病を抱えた作家や芸術家は数知れず。政治家でも、第二次世界大戦期の困難な時期の英国を首相として率いたウィンストン・チャーチルは、91年に及んだ生涯に何度も躁(そう)状態とうつ状態が交互に訪れる躁うつ傾向にあったと考えられています。

いつもは人並外れて活動的で大言壮語を吐いていたのが、急にメランコリー状態に陥る。おそらくナチス・ドイツのヒトラーと立ち向かう時は、アドレナリンが出まくる極度のそう状態。一方で、チャーチルは意気消沈した憂うつな気分を「黒い犬」と呼んでいたそうですから、不屈のチャーチルにしても、黒い犬を手なずけるのは容易ではなかったのでしょうね。

歴史のうんちくをもう少しだけ。ストレスへの対応が運命を分けた20世紀初めの二人の南極探検家を思い起こします。

英国のロバート・スコットは、大英帝国の威信と期待を一身に背負って南極点一番乗りをめざしたのですが、ノルウェーのアムンゼン隊に先を越され、失意のうちに帰路につく途中、猛吹雪に襲われて食糧も尽き、隊は全滅しました。「栄光」を求める母国の重圧に押しつぶされた、悲劇のリーダーでした。

そこへゆくと、アイルランド生まれのアーネスト・シャクルトンは、「報酬わずか。極寒。太陽を見ない暗黒の日々。生還の保証なし」という型破りの新聞広告で隊員を集め、極限状態のストレスをむしろ活力源にして、次々と危機に立ち向かっていくタイプのリーダーでした。南極に向かう航海の途上で厚い氷に行く手を阻まれると、南極大陸初横断という目的も船もためらわずに捨て、徒歩やボートでの脱出行を決断。1年以上に及ぶ漂流にもかかわらず、28人全員が奇跡の生還を果たしたのでした。

シャクルトンには、疲れ果てた隊員のポケットに、自分に割り当てられたビスケットをそっとしのばせる優しさもありました。「ライオンとして死ぬより、ロバとして生きたい」という彼の言葉には、世間的な名声やメンツなどはさらりと捨て、生き抜くという一点にすべての力と知恵を注ぐ、たくましい生命力が輝いているように感じます。

ロンドン郊外グリニッジの英国立海洋博物館には、フロンティアに夢を追った南極探検家たちの遺品やゆかりの品々が展示されています。案内してくれた女性スタッフの人物寸評が印象に残っています。

「ボスを選ぶなら、ひたむきに目標に突き進むアムンゼン。夫なら、律儀で責任感が強いスコット。恋人なら、気まぐれで破天荒だけれど、ロマンチックで温かみがあるシャクルトンね」

(日刊サン 2021.06.18)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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