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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】「即原発廃止」に踏み出すしかない 人間よ無知と傲慢を知れ

 2年ほど前でしたか、小泉純一郎元首相をまじえて東京・赤坂の料理屋で会食したことがありました。財界首脳もご一緒でした。

 その場で、原子力発電をめぐって、小泉さんとわたしは少々諍(いさか)いになりました。わたしが「小泉さん、脱原発はわかりますが、すべての原発の即廃止というのは過激すぎませんか」と言うと、彼は顔色を変えました。「化石エネルギーに頼らなくても、再生可能エネルギーはいくらでもある。水力発電もそうだ。ときの総理が決断さえしたら脱原発はすぐにできるよ。そんな中途半端なことだから、日本の新聞はだめなんだ」

 もやもやした思いを引きずって帰宅しましたが、わたしも年をかさねるごとに分別が薄れていく、というか過激になってきて、最近は「即原発廃止」の主張に与(くみ)しつつあります。小泉さん、あの折はゴメンナサイ。

 わたしが「これは日本では原発はだめだな」と考えるようになったのは、使用済み核燃料、つまりは「核のゴミ」の埋め捨てです。2023年10月、地球科学の専門家である赤井純治・新潟大名誉教授ら日本の地質学者ら有志約300人が声明を出し、「日本列島は複数のプレートが収束する火山・地震の活発な変動帯」だとし、地中への封じ込めの技術で安全性が保証されるとみなすのは「論外」だと批判。「地震の巣の日本に適地はない」と断言したのです。

 日本政府は放射能レベルが高い「核のゴミ」はガラスで固めて10万年間、地下300メートルに埋める計画を打ち出しています。10万年ですって? 人類が存続しているかどうかさえわかりませんよ。無責任と傲慢にもほどがある、と怒りがこみ上げてきます。そこへ、「日本に適地はない」とのご託宣。

 核のゴミを処理する高速増殖炉「もんじゅ」は廃炉に追い込まれ、ウランとプルトニウムの混合酸化物であるMOX燃料を魔法のように消費する「プルサーマル計画」も絵に描いた餅。「核燃料サイクル」はとっくに破たんしています。事故を起こした東京電力福島第一原発の格納容器の底にたまった燃料デブリ(熔け落ちた核燃料)は、1日に10キロずつ取り出しても、240年かかるのです。「トイレのないマンション」をこれ以上増やすつもりですか。

 日本には33基の原発があります。福島の事故でいったん脱原発に踏み切った日本ですが、岸田政権はウクライナ戦争などの不安定な国際情勢を背景に、原発の運転期間延長や「次世代革新炉」の新増設にカジを切りました。わたしは誤った政策選択だと思います。

 日本の電源は、天然ガス、石炭、石油などによる火力発電が72.7%、太陽光、水力、バイオマス、風力、地熱などの再生可能エネルギーが21.7%。原子力が5.6%となっています。ただちに再生エネルギーだけで電力需要がまかなえるとは思えませんが、深刻な地球灼熱化を考えても、速やかに再生可能エネルギー主体の電源構成に転換していく必要は議論の余地がありません。

 そんな国が世界にあるのか? あります。もっとも再生可能エネルギーの割合が高いのはブラジルで91%、次いでスウェーデンの86%、デンマークの81%、カナダの76%、といった国々。ブラジルは水力発電が主体、デンマークは風力発電が頼みの綱です。ほかの国ではドイツが48%、米国は日本とほぼ同じレベルで22%といったところです。

 元日に発生したマグニチュード7.6の能登半島地震では、震央から70キロ離れた北陸電力の志賀(しか)原発でも大きな揺れを計測しました。いくつかの損傷やトラブルが見つかりました。原子炉建屋は12万~13万年前の標高20メートルの海成段丘の上に立っており、地盤の隆起が起きたとしたら、ぞっとするような災害がもたらされたかもしれないのです。

 九州に勤務していたとき、玄界灘に突き出した佐賀県唐津市の波戸(はと)岬を訪ねました。群れなす美しい魚たちを間近に観察できる海中展望塔があり、「はと」の名が「ハート」の連想を呼んで、若いカップルが大勢集まる「恋人の聖地」になっていました。

 岬からすぐ近くに九州電力の玄海原発の白い建屋が望めます。「ここで原発事故が起きたら、この海も岬もおしまいだな」。不安がかすめたわたしは、福岡市に戻るとわたしと同郷の九州電力の社長にその話をしました。社長は一笑に付しましたが、「核のゴミの問題を根本的に解決しないと、原子力は恒久的なエネルギー源にはなりませんね」と言ったのをよく覚えています。

玄界灘を望む波戸岬

(日刊サン 2024.3.8)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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