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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】ウクライナ侵攻 皇帝プーチンの野望

はじめに断っておきますが、わたしはなにも「反ロシア」の政治信条を掲げるものではありません。しかし、2000年にウラジーミル・プーチン氏が大統領として登場して以来、日本政府のロシアへの「おもねり」はちょっと度を越していないか、と感じてきました。

ことに安倍晋三氏は2度目の政権についてから、ロシアを11回訪問し、プーチン氏と27回の首脳会談を重ねました。首相の地元、山口県長門市の高級温泉旅館にプーチン氏を招くなど、異例のもてなしぶりは記憶に新しいところです。北方領土問題では、国是とされた「4島返還」を「2島」に譲歩し、2016年には同盟国米国の制止を振り切って、極東開発協力など8項目の「経済協力プラン」を打ち出しました。

しかし、プーチン氏との「個人的な信頼関係」を頼りにした、安部首相の涙ぐましいまでの努力は実を結ぶことはなく、2020年7月にロシアは「領土割譲(かつじょう)禁止」の条項を含む憲法改正を行いました。北方領土問題では、ゼロ回答どころか、択捉(えとろふ)島への地対空ミサイルや最新鋭戦闘機の配備など「要塞化」が進んでいます。

講道館柔道の創始者・加納治五郎(かのう・じごろう)を尊敬していると公言するプーチン氏ですが、得意技はもっぱら「寝業(ねわざ)」。ロシア側からは「南クリル(北方領土)問題は終わった」という声がしきりと聞こえてきて、日本の外務省には手詰まり感がにじみます。結局、「日本はプーチン氏に手玉に取られてきた」というのが日本国民の偽らざる思いでしょう。

そのプーチン氏の動静にいま、世界の目が注がれています。

プーチン氏はついに、ロシアに隣接するウクライナ東部の親ロシア派組織が名乗る2つの共和国を承認し、この地域にロシア軍部隊を派遣するように命じました。傀儡(かいらい)国家を独立させて、支配下に置く。まるで戦前の日本の関東軍が満州国をでっちあげたのと同じ手口じゃないですか。ウクライナへの全面侵攻はあるのか。ウクライナや、北大西洋条約機構(NATO)に所属する米国や欧州がどう対応するのか。きわめて深刻な事態です。

2014年にプーチン氏は国際社会の批判をものともせず、ウクライナの一部で黒海に面した要衝(ようしょう)クリミア半島を一方的に併合した「前歴」があります。地域の「平和維持」「自国民保護」はしばしば、軍事侵攻の口実に使われてきました。同じスラブ民族で、旧ソ連邦構成国だったウクライナの併合に対するプーチン氏の執念は揺るがない、とみるべきでしょう。

ウクライナのNATO加盟へのロシアの警戒感が背景にある、といわれますが、NATOには「ややこしいウクライナ」を迎える気はありません。ロシアとは天然ガスのパイプライン「ノルドストリーム2」でつながるドイツをはじめ、西欧諸国がロシアのエネルギー供給に頼っている以上、厳しい経済制裁措置は発動できまい、とプーチン氏は高をくくっているのでしょうか。

憲法改正によって、2036年まで大統領にとどまることも可能だし、「院政」を敷くのも思いのまま。プーチン氏が、隣国ウクライナに触手を伸ばす背景には、地政学上の思惑以上に、彼個人が内に秘めた野望を感じます。強大なロシアを再興し、新たな「皇帝(ツアーリ)」となることにほかなりません。

軍、政官財界、マスメディアといった国家の枢要を握る「プーチン王朝」は、政権の汚職や、政敵の容赦ない弾圧、コロナ禍による生活苦などに対する批判を抱えながら、なお60%ラインの支持率を保っているといわれます。大統領支持者の多くが、30年前の旧ソ連崩壊によるロシアの社会・経済のひどい混乱を経験した中高年齢層。原油高を追い風にロシア経済を立て直したプーチン氏はいまや「ロシアを守り世界的に偉大な存在にしたイヴァン雷帝やピョートル大帝、そしてスターリンと同列の扱いを受けている」(ロシアの独立系世論調査機関)というのです。

17世紀以降のロシア史では「救済するツアーリ」に対する民衆信仰の根強さがしばしば語られます。クリミア半島の強制併合の後、ロシア国内のプーチン人気は最高潮に達しました。

氷点下20度の極寒のモスクワ郊外のプールで泳ぐプーチン大統領の姿が公開されたのは、昨年の正月でした。マッチョな肉体美と健康を誇示する独裁者に、だれか対抗できますか。世界は岐路にあります。バイデン米大統領も、岸田首相も、おちおちしてはおられませんぞ。

(日刊サン 2022.2.25)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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