日刊サンWEB|ニュース・求人・不動産・美容・健康・教育まで、ハワイで役立つ最新情報がいつでも読めます

ハワイに住む人の情報源といえば日刊サン。ハワイで暮らす方に役立つ情報が満載の情報サイト。ニュース、求人・仕事探し、住まい、子どもの教育、毎日の行事・イベント、美容・健康、車、終活のことまで幅広く網羅しています。

デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

名女優と大統領

 世界中に広がるコロナ禍のために、なるべく外出を避けて自宅で終日過ごす「巣ごもり」状態が続いています。読書にもそろそろ飽きて、ハマっているのがオンラインでの古い映画の鑑賞です。

 

 わたしのごひいきの女優メリル・ストリーブが出てくる『ディアハンター』や『マンマ・ミーア!』を観ていて、ふと24年前の記憶が蘇りました。

 

 新聞社のワシントン特派員として、米大統領選挙の党員集会(Caucus)の取材で中西部のアイオワ州に行ったときのこと。西部劇には目がないわたしは、取材の合間に同州ウィンターセットにあるジョン・ウェインの生家の記念館を訪ねました。彼の出演作品のポスターや記念品があるにはあったのですが、それらを隅っこに押しのけて幅をきかせていたのは、アイオワ州を舞台にした『マディソン郡の橋』という甘い不倫映画に関するビデオやグッズ類。

 

 旅から旅へのフリーの写真家と農家の平凡な主婦の、ひとときの逢瀬を描いたベストセラー小説を映画化した作品ですが、その主演女優がメリル・ストリーブでした。記念館にはいたるところに艶然(えんぜん)とほほ笑む彼女のパネル写真があふれ、タカ派で知られた西部劇のタフガイもなんだか、かたなしだな、と少々気の毒になったものです。

 

 彼女がリベラルで、熱心な民主党支持者であることはよく知られていますが、世を驚かせたのは2017年1月、就任直前だったトランプ大統領に強烈な先制パンチを見舞ったことでした。

 

 ゴールデングローブ賞の授賞式で彼女は、授賞式の会場にいる俳優らの多くは、小さな町や貧しい家庭の出身で、片親に育てられたり、あるいは様々な国で生まれ育ったりしたアウトサイダーだと紹介。「この1年の間であっけにとられた演技」は、「この国で最も尊敬される席に座ろうとする人間が、障害のある記者を真似した姿でした」と、トランプ氏が選挙戦中にニューヨーク・タイムズ紙の身障者の記者をあざけったことを厳しく非難しました。会場は総立ちで拍手の嵐。

 

 怒り狂ったトランプ氏はツイッターで「彼女はハリウッドでもっとも過大評価されている女優だ」「大敗したヒラリーの取り巻きだ」と反撃しましたが、彼女はみじんも動じない。毅然として次期大統領にひと太刀浴びせた彼女の勇気。銀幕の中のやわらかなイメージとはまた違う、芯の強さにおそれ入りました。

 

 『マディソン郡の橋』でお相手役のカメラマンを演じたクリント・イーストウッドは、4年前の選挙ではトランプ氏支持を打ち出して、ストリーブらの不興を買いました。ところが今回は、「昨今の米国における下品な政治の、劣悪で醜悪な姿に失望している」とトランプ離れを明言しています。ハリウッドを代表する名優たちの、自らの政治信念を吐露した率直な発言は、なかなか興味深いですね。

 

 さて、大統領選挙は、予備選の進展とともに、現職のトランプ大統領に、民主党のバイデン前副大統領が挑む構図が濃厚になってきたようです。しかし、トランプ氏77歳、バイデン氏78歳。なお再挑戦をあきらめないサンダース氏は79歳です。失礼ながら、日本でいえば「後期高齢者」に属する皆さん。その衰えを知らない老人パワーをあっぱれと言うべきか、米国の次代を担う若い人材の不足を嘆くべきか。

 

 高齢といえば、1984年の大統領選で、当時73歳で再選をめざしたレーガン大統領が、公開討論会で司会者から年齢問題を問われた際のこと。56歳の民主党候補モンデール氏に視線を送りながら「わたしはモンデール氏の若さや経験不足を政治利用することはありません」と冗談でかわし、会場は爆笑。このウイットも功を奏してか、レーガン氏は大統領再選を果たしたと言われます。

 

 豊かな政治経験を持つベテランが、元気に活躍すること自体は、必ずしも悪いことではありません。では、日本はどうでしょうか。安倍政権を支える麻生太郎副総理兼財務大臣は79歳、二階俊博自民党幹事長は81歳ですが、このところのお二方の言動を聞くと、老練な指導者ならではの味わい深さというより、「老害」の方が目立つと感じるのは、わたしだけでしょうか。

 

 メリル・ストリーブは、はや70歳。クリント・イーストウッドにいたっては、89歳です。彼らは、ともに愛してやまない米国という国の価値をめぐって、人生を賭けた発言を続けています。でも、目立つのは元気な老人ばかり。おい、どうした米国の若者たち。出でよ、若きリーダー、と思わざるを得ません。

 

 


木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。


 

(日刊サン 2020.4.4)

返信する

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
Twitter
Visit Us
Instagram