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ニュースコラム 高尾義彦のニュースコラム

【高尾義彦のニュースコラム】処理水か汚染水か、越年する福島の課題

 師走を迎えた。政治的、社会的に重要な課題の中で、最も気になるのは、福島第一原発の処理水放出、そして廃炉への道筋であり、人類が原子力にどのように向き合うのか、という重大な課題の深刻さを、改めて実感する。

 福島原発事故から12年。敷地内のタンクにたまりにたまった汚染水を処理して海に放出する作業が8月24日から始まり、年内の作業は3回に分けて1120日に終わった。政府、東京電力は2015年に「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」と福島県漁連に文書で約束したが、反対の声には耳を傾けず、「関係者の一定の理解が得られた」として放出を決断した。

 廃炉作業に伴う汚染水を多核種除去設備「ALPS」(アルプス)で処理し、トリチウムだけはアルプスでも取り除けないため、濃度を国の基準の40分の1(1リットルあたり1500ベクレル)未満まで海水で薄めて年間22兆ベクレルを上限に海洋放出する計画だ。年内の放出は3回分2万3351トンとなった。

 福島原発敷地内にある1046基(約137万トン分)のタンクの98%は埋まっていて、このままだと来年中に満杯になる。タンクの増設は難しいと東電側は説明し、海洋放出を計画通りに進めたとして、完了するには3040年かかるという。

 政府・東電は、国際原子力機関(IAEA)が7月に公表した「国際基準に合致している」との包括報告書などを放出決断の根拠としているが、中国など海外の受け止め方は違った。

 最も深刻な反応は、中国が冷凍ホタテ、アワビ、イセエビなど日本の水産物の輸入をストップしたことだ。農林水産省の統計によると、中国への水産物輸出額は昨年、871億円、輸出額全体の22.5%と、国・地域別で最も多い。品目別ではホタテが467億円を占める。香港も、福島や東京など10都県からの水産物輸入を禁止した。

 中国をはじめ米国、ロシアなど原発を稼働させている多くの国々は、やはり処理水を薄めて海洋放出している。こうした事例から、安全性に問題はないはず、と日本側は主張するが、中国など海外の受け止め方は異なる。正常に運転している原発の処理水と、事故を起こした原発の溶融した炉心に触れた汚染水では、安全性を同じように判断することはできない、との主張で、IAEAのお墨付きもこれらの国々に対する説得力を欠いている。

 さらに本質的な問題点を挙げるとするなら、トリチウムを薄めて海洋放出することは、積算される放出量の総体で考えると、自然界に不要なトリチウムを放出し続けることになる。現在、各国やIAEAが容認している処理法は、薄める手法を正当化し、放出される総量が地球や人類の健康に与えるダメージにあえて目をつぶった選択だと指摘する識者もいる。

 中国の強い反発には、最近の台湾有事などの政治状況を反映してぎくしゃくする日中関係が背景にある。政府は風評被害対策として800億円の基金を用意し、風評被害が生じれば東電は賠償の姿勢を示しているとはいえ、問題は簡単に解決しそうにはない。

 海洋放出は、福島原発の廃炉に向けて必要とされる作業と東電は位置付けるが、果たして3040年と想定している廃炉作業が可能なのか。福島第一原発には、核燃料が冷却水喪失により溶融して構築物とともに固まった「燃料デブリ」が250トンほどあると推定され、これを取り出して安全な容器に詰めて保管するというのが、国と東電が描くロードマップ(工程表)だが、元京都大学原子炉実験所助教、小出裕章さんは「それは漫画のような話で、絶対にできない」と断言する(「月刊マスコミ市民」11月号)。デブリが取り出せないなら、チェルノブイリ原発の例のように、全体を石棺で覆って閉じ込めるしかないと小出さんは提案する。

 日本政府は、危機的な現実に目をそむけたまま、原発活用に軸足を置く。脱炭素戦略の司令塔となる「グリーントランスフォーメーション(GX)実行会議」を舞台に、岸田文雄首相は昨年12月、既存原発の運転期間を40年から60年に延長する方針を打ち出した。「第6次エネルギー基本計画」(202110月)では「可能な限り原発を低減する」と閣議決定していた政策の急転換で、その後のエネルギー政策はこの線に沿って進められている。

 しかし、原発推進の前提となる課題は何も解決されていない。使用済み核燃料を再処理した後に出る高レベル放射性廃棄物、つまり「核のゴミ」をどうするのか、現状ではその見通しも立っていない。最終処分場受け入れの前段階である文献調査について、長崎県対馬市では議会が請願を採択したが、市長は議会の結論に反して応募を見送る決断を9月に表明した。北海道・寿都町と神恵内村では2020年に初めて調査受け入れに踏み切ったが、調査に伴って支給される巨額の交付金目当てとの批判は消えず、処分場受け入れまで進むのか、結論は見えない。

 生活に不可欠なエネルギーをどのように調達するのか。政治任せではなく、一人一人の個人の判断が迫られる。

(日刊サン 2023.12.13)

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ』を自費出版。


 

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