日刊サンWEB|ニュース・求人・不動産・美容・健康・教育まで、ハワイで役立つ最新情報がいつでも読めます

ハワイに住む人の情報源といえば日刊サン。ハワイで暮らす方に役立つ情報が満載の情報サイト。ニュース、求人・仕事探し、住まい、子どもの教育、毎日の行事・イベント、美容・健康、車、終活のことまで幅広く網羅しています。

デジタル版・新聞

高尾義彦のニュースコラム

どこへ行った?女性天皇論

 定期的に送られてくる「学士会報」の最近号に、内閣官房副長官を務めた古川貞二郎さんが「随想 皇位の安定継承について」を寄稿し、切実な危機感を訴えている。古川さんは小泉純一郎内閣当時に皇室典範会議に関わり、その結論を踏まえて、安倍内閣の姿勢に強い疑念を表明している。

 現行の皇室典範によると、皇位を継承できるのは男系男子の皇族に限ると定められ、安倍政権は現行制度を維持する方針といわれる。古川さんはこの政府方針に対して、「国の根幹に関わる問題」でありながら危機意識が乏しい、と検討すべき課題をあげて、提言している。

 皇室典範をめぐる小泉内閣当時の経緯を振り返ると、古川さんも名前を連ねた典範会議、正式には「皇室典範に関する有識者会議」(座長・吉川弘之元東大総長)は2004年暮れに設置され05年1月から11月まで17回の会議を重ねた。まとめられた報告書は「少子化の状況の下で男系継承を安定的に維持するのは極めて困難であり、皇位継承資格を女子、女系の皇族に拡大することが必要」と方向性を明確にした。

 小泉首相は06年1月、国会の所信表明演説で皇室典範改正案を国会に提出する方針を表明した。ところが翌月に秋篠宮妃の懐妊が発表され、これを静かに見守るとの趣旨で改正案提出は見送られた。9月に悠仁親王が誕生し、直後に小泉内閣が退陣、第一次安倍内閣が発足し、典範改正作業には着手されないまま現在に至っている。

 悠仁親王誕生前に、報告書は「仮に皇室に男子が誕生した場合にも、皇位継承の危機に変わりはない」と明記しており、古川さんは悠仁親王誕生で議論が白紙に戻ったわけではないと指摘する。

 皇室ではその後、125代の明仁天皇が16年7月に「生前退位、徳仁皇太子への譲位」の意向、とNHKニュースで報じられ、新しい段階を迎えた。天皇は8月8日、「生前退位の意向をにじませるお気持ち」を表明され、翌17年6月、天皇の生前退位に道を開く皇室典範特例法が成立した。その際、「女性宮家の創設など安定的な皇位継承のための諸課題について検討し国会に報告する」と、政府に義務づける付帯決議が採択された。立憲民主党などは女性天皇、女系天皇に前向きの姿勢を見せていた。

 現天皇の即位の礼、令和への改元(19年5月)から1年余りが経ち、60歳の天皇の新しい時代が続くが、皇位継承の資格を持つ皇族は、秋篠宮(54)、秋篠宮の長男、悠仁親王(13)と常陸宮(84)の3人に限られている。天皇と雅子皇后のお子様は愛子様一人で、現行制度を維持するとすれば、将来的には悠仁親王の男系男子に期待することになるが、少子化の実情を考えると、安定的継承の課題はあまりにも重い。

 退位をめぐる政府の有識者会議で座長代理を務めた政治学者、御厨貴さんは、即位1年の新聞インタビューで、「政府は女性、女系天皇や旧宮家の皇籍復帰などの是非について建設的な議論を早急に進めてほしい」と要望し、古川さんと同様の危機感を共有している。

 ここで、論議の前提となる象徴天皇制を国民がどのように受け止めているか、個人的感慨も含め、考えてみたい。第二次世界大戦に直面した昭和天皇が、戦争責任論議の渦中にあった歴史をみれば、戦後のかなりの時期まで「天皇制反対」の世論が国民の間に存在してきたことは明らかで、筆者自身も学生時代などに、そのような議論を肯定的に受け止めてきた。

 筆者は19年1月、新年一般参賀の列に、生涯で初めて参加した。平成最後の一般参賀には平成最高の15万4800人が参加、天皇はじめ皇族は当初の5回の予定を2回増やして長和殿ベランダに姿を見せ、閉門時間も延期された。これだけ多くの参加を記録したことは、象徴天皇制に対する国民の意識を探るうえで参考になるだろう。

 平成の天皇は、1989年1月の即位以来、美智子皇后(現上皇后)とともに、国民との距離を、肌が触れ合うほどの近さにまで縮めてきた。とりわけ、皇太子時代も含めて昭和天皇が訪問出来なかった沖縄やサイパンなど大戦で多くの犠牲者を出した現場に足を運び、平和への思いを印象づけてきた。雲仙普賢岳噴火では、床に膝をついて被災者と対話し、東日本大震災などで被害者に寄り添う行動を続けてきた。

 天皇の平和行脚ともいうべき戦跡訪問の旅は、自民党政権が戦争が出来る国へと政治の舵を切ろうとしているかに見える状況の中で、憲法の制約を意識しつつ、天皇がぎりぎりの意思表示をしてきたと受け止めるのは、筆者だけだろうか。いま86歳の上皇は、在位中の30年余、象徴天皇のあるべき姿を国民に強く印象づけた。

 この象徴天皇制を、日本社会が必要とするのであれば、政府は国会の付帯決議や古川元官房副長官が指摘する典範会議の結論を無視せず、議論を進めなければならない。一方で憲法改正などの主張を展開しながら、コロナ禍などを理由にこの課題に取り組まない安倍政権は、国民の気持ちを裏切ることにもなりかねない。

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ』を自費出版。


(日刊サン 2020.8.4)

返信する

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
Twitter
Visit Us
Instagram