【高尾義彦のニュースコラム】大学入学試験シーズンに考えること
年が明けて、本格的な大学入試シーズンが始まる。いま日本の大学は、少子化や人口の都市集中を背景に、さまざまな課題が指摘されている。大学の質や国際的な競争力にも疑問の声が上がり、改革への模索が始まる一方で、淘汰される大学の不安も指摘される。
政府が10兆円規模の「大学ファンド」を設けてその運用益から年間約100億円を助成する国際卓越研究大学の認定候補に選定された東北大学の大野英男総長の記者会見を、しばらく前に、内幸町の日本記者クラブで聞いた。「創造と変革を先導する東北大学」というタイトルで詳しい資料を用意し、1907年の東北帝国大学創立以来の歴史を振り返り、社会とともにある東北大学は「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」の3つの理念を大切にする、と強調した。
総長は、卓越研究大学に認定されれば、博士課程(ドクター)の学生支援に力を入れることなどの構想を語った。日本の大学の研究力が凋落傾向にあることを認識して、多様な留学生を受け入れ、材料科学や未来型医療などの分野で「世界トップレベルの研究拠点」を実現している、と説明は具体的だった。研究者に向けて年間最大250万円の支援をすでに実施している、とこの領域で国立大学のトップを走る自負が感じられた。
我々が大学生活を送った1960年代には、「産学協同」は学生の強い反対運動の対象となったが、総長の会見を聞いていると、いまや状況は一変していると実感する。軍事研究に踏み出す「産軍協同」には強い抵抗感があるが、日本社会にとって大学がどのような役割を果たすべきか、論議の時代となっている。
日本記者クラブの企画は「大学どこへ」をテーマにした連続会見の第一弾。箱根駅伝で優勝を奪還した青山学院大学陸上部監督、原晋さんなどが登場して、新年以降も続いている。それだけ大学の将来像が関心の的となっていることを裏付けているが、問題点の一つは政府が今世紀に入って、大学や文化に対する予算を削減してきた姿勢にあると感じられてならない。
日本の大学は、国立大学が2004年に独立法人化され、運営費交付金が削減の対象となった。そのため例えば東京大学では、法人化の動きを見据えて「東京大学憲章」を策定した。自律的で創造的な総合大学を目指すと宣言し、法人や個人からの寄付を受け入れる基金制度を設けて、2022年度には約41億円を集め、学生への奨学金や図書館、植物園など研究施設整備に充ててきた。筆者も個人的に寄付に応じてきたが、本来なら税金を投入して研究環境を整備するのが筋ではないか、と疑問を抱き続け、その一方で大学への管理は強化する政府の文教政策に異議を唱えたい気持ちが強い。
これは大学の問題だけにはとどまらない。上野公園にある国立科学博物館が昨年、標本や化石などのコレクション収集や保管の費用に充てるため1億円を目標にクラウドファンディングを実施したところ、予想外の9億2千万円弱が集まった。やはり国からの予算配分が削られ、光熱費高騰などの事態にやむにやまれず選択した手法だった。
「大学ファンド」の支給大学は10月に正式決定するが、これまでの文教政策の反省の上に立った抜本的政策と言うには程遠い。国民は税金を納める一方で、税金が有効につぎ込まれていない大学や文化施設に、税金に上乗せして、自主的な寄付を負担していることになる。この構図はどこか間違っていると思えてならず、「倍増」が声高に唱えられている防衛費の問題も合わせて、納税者である国民が声を上げてほしいと願う。
日本人のノーベル賞受賞が過去の遺産に対する評価に限られ今後の見通しは厳しい、と指摘する意見を、政治家たちはもっと真剣に考えるべきだろう。
大学の現状を考える時、もう一つ懸念される身近な問題がある。昨年の東京大学入学試験合格者の出身校をみると、関東圏が1725人(うち東京1008人)と6割近くを占める結果になっている(日本入試センターの調査)。私立の早稲田大学でも、75%前後が関東地区の出身者で自宅から通学する学生が増えて、地方出身者の割合が減っている。
筆者は母校の徳島県立川島高校の関東地区同窓会の世話役を長く続けているが、平成の時代に入って以降、関東地区に進学してくる後輩が数えるほどしかいなくなったことに驚く。昨年春、徳島県からの東京大学入学者が3人と全国最低を記録した。例年20~30人が合格していたことを考えると、少子化で子供を東京や大阪の大学に進学させたがらない親の心情が推測される。
少子化に伴う大学進学者数そのものの減少も深刻な問題で、昨年中に上智大学短期大学部が25年度以降学生募集を停止すると発表したのをはじめ、龍谷大学、恵泉女学園大、神戸海星女子学院大の短期大学部が学生募集をやめると公表した。国立と私立では直面する問題点が異なるが、教育は将来の社会を作る重要な基盤であり、あるべき未来像を物心両面で考える必要がある。
(日刊サン 2024.1.10)
高尾義彦 (たかお・よしひこ)
1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ』を自費出版。