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木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】見えないものを見る 聞こえないものを聞く

 歌手で俳優の美輪明宏さんに、「見えないものを心眼で見る」ことの大切さを訴えた言葉があります。人間はとかく、目で見えるものしか信じようとしないものですね。

 先日、日本屈指の霊場、和歌山県の高野山に詣でる機会がありました。真言密教の開祖・弘法大師空海が眠る「奥の院」を訪ねると、巨大な老杉がそびえる森閑(しんかん)とした霊気のなか、糸のような細かな雨が、参道の石畳を静かに濡らします。織田信長や明智光秀、武田信玄と上杉謙信らの戦国武将、徳川時代の大名をはじめ、生前の恩讐(おんしゅう)やライバル関係を超えて、20万という人々の苔むした墓石や供養塔が立ち並んでいます。

 わたしは参道をたどりながら、「見えないものを見る」という言葉を頭の中で繰り返しました。「聞こえないものを聞く」ことに耳をそばだてました。

 空海はルネサンス期の「万能の天才」レオナルド・ダヴィンチとも並び称される、日本史上に燦然(さんぜん)と輝く巨星でした。密教を唐から持ち帰っただけでなく、日本初といわれる大学をつくり、満濃池など土木改修の指揮をとり、民衆の救済に尽くしました。いまでも「お大師さん」と慕われ、暮らしの平穏や健康を求めて、「同行二人」のたすきを掛け、四国八十八カ所の巡礼の旅に出る人々は後を絶ちません。

 標高900メートルの高野山は、120を超す寺院が集まる一大宗教都市です。ここでは空海はなお生き続けていると考えられています。ですから、仏教でよく使われる入滅(にゅうめつ)とはいわず、入定(にゅうじょう)。空海は「止(や)みね、止みね、人間(じんかん)の味を用いざれ」と62歳の入定を前にしてそう言い残し、食を絶ったといいます。生前と同じお給仕が1200年を経たいまも続けられています。

 密教の深淵な真理をここで述べるのは、もちろん筆者の力の及ぶところではありませんが、最大のポイントは、生きとし生けるものすべては、大宇宙(大日如来)の光明に包まれている、ということでしょうか。『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』という空海の残した書物に「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し」という言葉が出てきます。わたしたち人間はどこから来て、どこへ行くのか。虚空に投げ出されて100年に満たない人生を生きる「いのち」の不思議を、混沌(こんとん)としたこの世の不条理を、曇りのない目で見つめた巨大な知性を感じざるをえません。

 ここで、わたしの「独断と偏見」を少々。人を見分けるときに、この人はコスモロジー(秩序)を重んじる人か、それとも、カオス(混沌)を好む人か、という物差しで判断しがちなのです。

 つまり、モノゴトをきちんと整理整頓して、順序だって規則正しく、判で押したような毎日の生活を送るのか。それとも、常識や慣習に縛られず、悪く言えば行き当たりばったり、その日の気分にしたがって、気ままに生きるのか。いわば官僚タイプと自由人タイプ。血液型の性格占いで言うなら、さしずめA型とB型の違いでしょうか。

 空海は希代の大秀才でしたが、官僚への道をドロップアウト。一介の留学生(るがくしょう)として最盛期の唐の都・長安に渡り、世界のさまざまな宗教や異文化に触れたことが、彼の天才を花開かせたのでした。中国語を自在に操る元祖・スーパー国際人。密教の曼荼羅(マンダラ)そのもののように、広大無辺な世界に遊ぶカオスの人だったのでは、とはるかに想像がふくらみます。

 高野山の旅から「俗世」に戻り、横浜の郊外から成田空港に近い大学のキャンパスまで、電車を乗り継いで、2時間半かけて授業に向かう日がまた始まりました。

 すっかり秋は進み、千葉の佐倉近くの駅のホームにはピンクのダルマハギの花がこぼれています。道中、車窓の移り行く風景を眺めながら、スマホで気ままに音楽を聴くのがわたしの楽しみ。

 この日は、井上陽水に始まって、ベートーヴェン、フランク永井、サラ・ブライトマン、エルビス・プレスリー、石川さゆり、倍賞千恵子、マーラー、ヴェラ・リン、森山良子、美空ひばり、西部劇主題歌メドレー……と、ジャンルもへったくれもなく、気分次第で、てんでばらばら。散らかり放題のごった煮。

 うーん やっぱり、B型のわたしはカオス族。その思いを新たにしました。

(日刊サン 2022.10.28)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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