翌朝、私は4時にはマグロ水揚げの現場にいました。朝のマグロ水揚げ場は活気に満ちていて、昨日の疲れも忘れてしまいました。こうして現場に立っているだけで十分な感動を呼び起こしてくれました。かつての私は、こうした現場に何度も足を踏み入れていたからです。ベトナム、フィリピン、タイなどの国々へもマグロの買付に行っていました。私にとって最後の場所はハワイで、2年間は毎朝早く市場へ出かけていました。今でも威勢が溢れるホノルル市場が懐かしく思い出されます。
4時過ぎた頃の勝浦港は、3隻のマグロ延縄船から、主にビンチョウマグロが水揚げされていて、僅かにキハダマグロが混じり、加えてカジキやアカマンボウなども揚がっていました。
ハワイは太平洋のど真ん中に位置していますが、勝浦港で水揚げするマグロ延縄船も太平洋漁場で漁をしているので、ここで見られる魚類もほぼハワイと同じなようです。船倉からクレーンで引き上げられ床に置かれるとすぐに洗浄され、次から次へと市場内の床へ整然と並べられていきます。そして、まもなく一本一本の魚が競りにかけられていくことになります。
久しぶりの感動を後にして、ホテルへいったん戻りシャワーを浴びて1時間の眠りに入りました。実際に、今回の旅で那智勝浦を目指したのは、勝浦港の視察ではなく“熊野那智大社”を参詣することだったのです。勝浦港の“まぐろ体験はおまけ”だったのでした。
私は、厳粛な朝の空気に包まれた世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一つ”熊野那智大社”に行きました。そこから、織り成す山々の遠くには太平洋が見えていました。そのはるか向こうにハワイがあるのですね。そして、ここには落差133mの“那智の滝”があり、古来から熊野信仰の中心になっています。
目的を果たして、再び那智勝浦に戻り“弁天島”へ行ってみることにしました。民家を通り過ぎ、波の静かな内海が現れてくると、朱色の鳥居が鮮やかに建っている弁天島が現れました。さらに私は岬の先の方へ進むと、そこは青い海と砕ける白波の景色に変わりました。岩壁から岩場に降りて、白波が砕ける岩の上を足元に気をつけながら先へ先へと進み、狭い岩場を回り込むと、目の前には波によって削られ開けられた洞のある岩壁が現れました。思いがけない秘境の岩穴と飛沫舞う白波の絶景は、旅の最後の最高の感動となりました。
帰路は、紀伊勝浦駅から“特急くろしお26号”に乗り込むのですが、実際に乗車時間が迫っていたので、勝浦港で”にぎわい市場“に立ち寄り、“マグロカツ弁当”を買い求めて電車へと乗り込みました。ちょっと硬めのマグロカツを頬張りながら、窓の外の暮れ行く広い海の太平洋を眺めていました。