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デジタル版・新聞

高尾義彦のニュースコラム

田中角栄元首相と菅義偉新首相

 安倍晋三首相の病気辞任を受けて、菅義偉官房長官(71)が9月16日、99代首相の座に就いた。自民党総裁選などで秋田県の農家の長男に生まれたことに触れて地方を大事にする姿勢を強調した。その言葉を聞きながら、同じように新潟出身で学歴もなく独自の手法で首相の座に上り詰めた田中角栄元首相を想起し、政治に対する国民の期待を背景に、二人の共通点と相違点を考えた。 

 菅新首相は自民党総裁選立候補の記者会見で、「農家で育った私の中には、横浜市議時代も国会議員になってからも、地方を大切にしたいという気持ちが脈々と流れている。活力ある地方を作っていきたいとの思いを胸に、政策を実行してきた」と語った。 

 日々の記者会見で強面の官房長官というイメージを強く抱く国民は、「農家の生まれ」という言葉に、意外な印象を受けたのではないだろうか。東京に出てきた後、町工場などで働いて学費を貯え法政大学に進学した。就職後に、「社会を動かすのは政治」との思いから、小此木彦三郎元建設相の秘書として政治活動を始め、地縁も血縁もない横浜で市議、国会議員と力をつけてきた。増え続ける二世、三世議員でもなく、地盤、看板もなかった。 

 筆者は政治家の実像に詳しくはないが、司法記者としてロッキード事件(1976年)を取材し、「被告」としての田中元首相を見てきた。事件から40年が過ぎた4年前には、元首相をモデルにした石原慎太郎著『天才』がベストセラーになったことをきっかけに、角栄ブームが起きた。  

「雪深い新潟の庶民の幸せを考えて政治家として出発した」という元首相の原点が共感を呼んだが、現役記者の頃、単行本『陽気なピエロたち 田中角栄幻想の現場検証』を出版、元首相の人気に異論を呈したこともあり、4年前の風潮には違和感を感じた。頼まれて「いま、なぜ角栄なのか」のテーマで講演した際にも、負の側面から元首相の実像を伝えようと努め、それが自分のスタンスになっている。 

 しかしその後も「田中人気」は衰えることなく、「日本の政治家で好きな政治家は?」などの調査でトップの座を占め、存在感は大きい。この現象は、国民が現在の政治家に満足していないことの裏返しではないだろうか。そんな文脈を踏まえて元首相と対比し、似たような経歴の新首相の実像をどう透視すべきだろうか。 

 地方重視を掲げる菅首相は、実績の一つにふるさと納税を上げる。都市の住民が地方に税金の一部を納めて税収入のバランスをとる制度だが、返礼品の功罪などに論議が起きた。高額所得者に有利な側面が強く、税負担の公平原則にそぐわないと反対した総務官僚を左遷し、官僚ににらみを利かす「菅流強権人事」など負の側面も浮かぶ。 

 この菅流は、日本学術会議の新会員候補6人を任命しなかったことが10月に明らかになり、より鮮明になった。 

 田中元首相の場合、「日本列島改造論」を看板に、自民党総裁、首相の座を力づくで奪取し、その過程で「金権」の批判も浴び、列島改造は負の遺産ももたらした。それでも、「庶民の幸せ」を政治の力で実現したいという元首相の動機、構想は国民の気持ちを捕らえた。菅新首相には、実務家的能力はあっても、何のために政治を動かしてゆくのか、根底にある理念を国民は感じていない。 

 菅首相が実現を推進するデジタル庁の発想は、新型コロナウイルスへの対応でマイナンバーカードなどが有効に機能せず、「デジタル後進国」と位置付けられただけに、うなずけなくもない。しかし、デジタルはあくまで手段であって、理想とする国の在り方、デジタル化で国民が享受するメリットは何か、新首相が抱く理念を国民に納得させるには至っていない。毀誉褒貶はあるが田中元首相の「日本列島改造」のような大きな方向性、国家観を示してほしいと、国民は望んでいるのではないか。 

 安倍一強の政治が7年8か月続いた大きな理由は、6度の国政選挙で勝利を収めたため、とされる。勝利を生んだ要素の一つは小選挙区制度であり、小選挙区制によって、政治家のスケールや力量が矮小化されてきたことも見逃せない。菅政権もこうした政治状況に支えられているが、有権者は政治家の在るべき姿を考え、行動すべき時代を迎えている。 

 ここで首相就任後、あまり触れられていない論点を一つ。田中元首相は「戦争を知る世代が社会の中核にある間はいいが、戦争を知らない世代ばかりになると日本は怖いことになる」と語っていた。徴兵体験などから、戦争だけは絶対にしてはならない、と言い残した。 菅首相が政治の師と仰ぐ梶山静六元官房長官も陸軍で戦争を知る政治家として憲法九条を大切にした。沖縄・米軍普天間基地の返還を決めた当時の官房長官で、大戦で多大の犠牲を強いられた沖縄に寄り添う心を、行動で示した。 

 新首相の姿勢をみると、師の教えに反して沖縄に対する冷たさを感じる懸念がある。二人の先輩の教えを肝に銘じて欲しいと切望する。

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ』を自費出版。


(日刊サン 2020.10.6)

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