日本の民間美術館に、変化の波が起きている。昨年から今年にかけての美術館巡りで、そんな印象を受けたので、進化の体験をお届けしたい。
冷たい雨が降った1月18日、東京駅に近い京橋の一角にアーティゾン美術館がオープンした。同じ場所にあったブリヂストン美術館は高層ビル建築のため2015年5月から休館していたが、23階建てのミュージアムタワー京橋が完成、ART(アート)とHORIZON(地平)を組み合わせた造語を新美術館の名前にしてお披露目の日を迎えた。
ここで体験できる変化の第一は、入場券がスマホなどによる時間帯予約制であること。希望の時間帯に申し込み、代金は原則としてカード決済(大人1,100円)。送信されてきたQRコードを示し入場する。筆者は、初日の午後2時から1時間半の時間帯を予約、美術館に着いたところ、なんと行列が出来ていた。これでは混雑を避ける策も台無しでは、と意外に感じたが、間もなく列は動き出し、10分足らずで入場出来た。
上野の森美術館で昨年初体験した予約時間制では、指定の時間に行ったのに、1時間近く待たされた。入場券のネット購入は他の美術館でも採用しているが時間帯予約に踏み切るとしたら、時間ごとの人数制限など細やかな工夫が必要だろう。新美術館は、展示スペースが旧来の2倍あり、青木繁の「海の幸」などをゆったりと鑑賞できる。
変化の二つ目は、ほとんどの美術館で有料となっている音声ガイドが無料であること。しかしこれには条件があって、スマホにアプリをインストールし、なおかつ、スマホのイヤホンを持参しなければならない。案内板の前でスマホ操作に手間取る高齢者もあり、課題が残りそうだ。六本木の森美術館などでイヤホンも含めて無料だった経験もあり、入場料との兼ね合いもあるが、利用しやすいものにしてほしい。
第三の変化は、展示作品の大半がカメラやスマホで撮影可能であること。パリのルーブルやオルセーを訪れた時、撮影制限はなく、欧米の主要美術館ではこれが主流になっている。日本の美術館も、ここ数年は、会場の一定の場所を指定して一部の作品は撮影OKのサービスを導入し始めたが、全面的に撮影できるのはまだ珍しい。
この点では、昨年10月に京都・嵐山の渡月橋近くに開館した福田美術館がほぼ全作品撮影可だった体験を紹介したい。京都が本拠の消費者金融大手、アイフル創業者、福田吉孝氏が「地元への恩返しに」と開いた。15年ほど前から集めた作品は約1,500点にのぼり、存在が知られていなかった伊藤若冲の初期作品が見つかったとの発表もあった。横山大観、上村松園、狩野探幽ら日本画が多く、橋本関雪など京都画壇の画家にも力を入れる。
民間の美術館は、企業経営で財をなした経済人が自分の趣味を発展させて広く展示の場を設けるといった歴史が共通している。
JR恵比寿駅から広尾の坂を上って時々訪れる山種美術館は、山種証券の創業者が開設し、日本画のコレクションが多い。1966年の開設当初は、都心の日本橋兜町にあったが、老朽化に伴い桜の名所、千鳥ヶ淵に近い千代田区三番町に仮移転。その後、2009年10月、現在の渋谷区広尾に移った。展示室がある地下に下りてゆく瞬間、期待に胸がふくらむ。旧安宅コレクションから譲り受けた速水御舟、創業者と交流があった大観、松園らをはじめ東山魁夷、川合玉堂らの作品を楽しめる。
六本木ミッドタウンにあるサントリー美術館も、移転の歴史を持つ。当初の丸の内から1975年に赤坂見附に移転、現在の六本木には2007年に移転した。「生活の中の美」を基本テーマに展示は多彩だが、改装のため5月半ばまで休館中。ゴッホの「ひまわり」を所有するSOMPO美術館(新宿・4月からの名称)も5月新装オープンを目指す。
都心では、帝劇ビル9階に位置して皇居を一望できる出光美術館も、創業者出光佐三氏のコレクションを展示する美術館として1966年に開館した。日本の書画や陶磁器など東洋古美術が中心。4月から入館料が大人1,200円に値上げされるのが残念だ。
上野の国立西洋美術館は松方財閥の松方幸次郎氏がヨーロッパで集めたコレクションを展示するために設けられた。昨年開館50周年のイベントが開かれ、戦後、フランスがコレクションを返還するまでの経緯は、原田マハさんの小説『美しき愚か者たちのタブロー』に詳しい。松方コレクションの一部は、アーティゾン美術館にも収蔵されている。
東京からは離れるが、徳島県鳴門市に、大塚製薬グループの大塚国際美術館がある。世界の名画約1,000点を陶板で複製して展示。一昨年の紅白歌合戦で地元出身のシンガーソングライター、米津玄師さんが美術館を舞台に出演し、入場者が急増した(大人3,240円)。
都内には根津、菊池智、静嘉堂文庫、五島、三井記念、三菱一号館など個性的な美術館が多い。公立を含め、居ながらにして世界の美術を楽しめるトーキョーの魅力を存分に味わって欲しい、と学生など若者に伝えたい。
高尾義彦 (たかお・よしひこ)
1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の 追いつめる』『中坊公平の 修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ』を自費出版。
(日刊サン 2020.02.4)