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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】「わたしには夢がある」。魂の演説から60年。人種差別はいま

 米国の南部テネシー州のメンフィスを訪れたときのことです。国立公民権博物館には、バスの中に座るひとりの黒人女性の銅像が展示されていました。

 ローザ・パークスさん。1955年、アラバマ州モンゴメリー。人種ごとに座席が決められていたバスの中で、彼女が白人男性に席を譲ることを拒んで逮捕された事件は、「バス・ボイコット」運動など米国の公民権運動のきっかけになりました。そのうねりが頂点に達したのが、マルチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が率いた1963年8月の「ワシントン大行進」でした。

「わたしには夢がある(I have a dream)」

 20万人が集まったリンカーン記念堂の前でのキング牧師の有名な演説は、人種差別から解き放たれた世界への希望にあふれ、感動を呼び起こしました。大分の中学生だったわたしは、英文を取り寄せて暗唱したものですが、1968年、牧師はメンフィスで白人男性が放った凶弾に倒れます。そのニュースを知った日、わたしはショックで勉強が手につきませんでした。

 キング牧師のアトランタの生家やビジターセンターには、理想を求め続けた牧師の足跡や、黒人の苦難の歴史を伝える展示が並び、訪れた人々の胸を打ちます。しかし、黒人に対する差別はけっして過去の歴史ではないのです。

 ワシントン大行進から60年となる今年8月、キング牧師の孫娘のヨランダ・キングさん(15)は祖父と同じくリンカーン記念堂の前で演説し、「もし、おじいさんに話しかけることができたら、ごめんなさいと言いたい」と切り出しました。「夢は実現されず、人種差別も貧困も、まだわたしたちとともにある。銃による暴力も、礼拝所や学校、ショッピングセンターで起きています」と訴えたのです。

 ヨランダさんの父親で、キング牧師の長男マルチン・ルーサー・キング3世(65)も、演説で「米国の行く末をとても心配している。前進するどころか、後退している」と現状への危惧(きぐ)をあらわにしました。

 米国では黒人の大統領も、副大統領も誕生しました。それでも人種差別に基づく「hate crime」(憎悪犯罪)は増加傾向にあります。FBI(連邦捜査局)の報告によると、2021年には9065件のhate crimeが発生し、前年より11.6%増えたというのです。2020年にミネソタ州ミネアポリスで黒人のジョージ・フロイドさんが、白人警察官によって不当に首を圧迫され、死亡した事件は、いまも記憶に新しいところではないでしょうか。

 トランプ前大統領の復権をこい願う「白人至上主義者」の中には、黒人やアジア人に対する露骨な差別を隠そうともしない人たちがいます。差別という、非合理で、おぞましい意識が、この地上から消えることはないのしょうか。

 関東大震災から100年を迎えた日本では、「朝鮮人が井戸に毒物を入れている」「朝鮮人が放火している」という根も葉もない流言をもとに、多くの朝鮮人が、竹やりや日本刀を持った軍や警察、一般の住民や自警団によって虐殺された歴史を、さまざまなメディアが取り上げました。耳を疑ったのは、すでに研究者や市民団体の調査によってあり余るほどの虐殺証言が集められ、国会図書館の所蔵文書にも明記されているにもかかわらず、松野博一官房長官は「政府として調査したかぎり、事実関係を把握できる記録が見当たらない」というのです。

 朝鮮人に対する抜きがたい差別感情と、無責任な流言飛語が呼んだ近代日本史上でも最大の汚点を直視できないのなら、政治家失格です。恥を知れとわたしは言いたい。

 主婦で同人誌を主宰する辻野弥生さんが、地道な取材をまとめて2013年に出版した本がきっかけで、最近、映画にもなったのが「福田村事件」です。関東大震災の直後、香川県から利根川流域の千葉県東葛飾郡福田村(現野田市)に薬の行商に来ていた15人のうち、妊婦や幼児を含む9人が村の自警団によって虐殺された痛ましい事件です。

 「どうも言葉遣(づか)いが日本人ではない。朝鮮人ではないか」とうわさが立ち、集団の狂気に火がつくと、もう止まりません。ふだんは善良で温厚な村人たちが「殺(や)っちまえ、殺っちまえ」と叫び声を上げ、行商人たちに襲いかかったのでした。香川でも野田でも、事件に触れるのは長くタブーとされてきました。この狂気を過去のものと、片づけられるでしょうか。

 辛い。苦しい。しかし、わたしたちには語り継ぐ義務があります。

(日刊サン 2023.9.15)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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