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木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】マウイよ甦(よみがえ)れ 愛(いと)しの島を思う

 爆撃で破壊されつくした戦場でしょうか。とてもテレビ画面を正視できません。この地獄絵が、現実に起こったことなのか。どこかで見覚えがあるような気がして記憶をたどると、2011年の東日本大震災と巨大な津波に襲われて大きな被害を出した岩手県釜石市や大槌(おおづち)町、宮城県南三陸町などの被災地を訪れたときの衝撃でした。

 街がそっくり消える。ひとびとの暮らしが、多くのかけがえのないいのちが、いきなり奪われる。「自然災害だから仕方ない」と片づけきれない惨状には息をのむほかありません。

 マウイ島の山火事は、かつてのハワイ王国の首都だったラハイナの町をなめ尽くしました。110人を超す人々が猛火に巻かれて亡くなり、なお1000数百人の行方が知れないという痛ましさです。

 マウイ島には3度、観光で訪れました。リゾート地のカアナパリからバスでラハイナを訪ねると、ゆったりとした時間が流れていました。ハワイを統一したカメハメハ大王が建てた煉瓦の宮殿跡、19世紀の作家ハーマン・メルヴィルが小説『白鯨』の着想を得たかつての捕鯨基地のおもかげ、そして1873年に港近くに植えられ、天に向かって枝を広げるバニヤン・ツリーの巨樹……。週末にはその巨樹の下でフリーマーケットが開かれ、アーチストが集まり、人びとの笑いと賑(にぎ)わいが絶えませんでした。

 海風に吹かれ、歩きながら缶ビールを飲んでいると、年配の男性が「ここではそれは違反だよ」と優しくたしなめてくれたのも、ラハイナの町でした。

 ハワイ神話では、月の女神ヒナと、人間の父アカラナの間に生まれた「半神の英雄マウイ」は、人々に敬愛され続けてきた存在です。怪力の持ち主で、低く垂れこめていた空を持ち上げて高く澄んだ青空をハワイにもたらしたのも、人間に初めて火を与えたのもマウイの偉業と、言い伝えられています。ハワイじゅうの神々の助けも得て、一日も早い復興を祈るばかりです。

 山火事の原因を決めつけるわけにはいきませんが、「東から吹いた時速96キロの強風にあおられた」(グリーン州知事)ことに加え、干ばつや飛び火(spot fire)、警報の遅れなどいくつもの要因が重なったようです。しかし、カナダ北西部やスペインのカナリア諸島でも山火事が広がるなど、世界中で大規模な森林火災が多発していることを、どう考えるべきでしょうか。

 米国のイエローストーン国立公園を訪ねたのは1995年でした。その7年前に巨大な山火事が発生し、約3200平方キロの原野や森を焼き尽くしました。バイソンやヘラジカ、オオカミ、エルク(鹿)などの野生動物も数多く犠牲になったのですが、驚いたことに、国立公園の自然は数年を経たずに見事に回復し、動物たちの数も戻ってきたというのです。

 イエローストーンの山火事の大半は落雷によるもので、山火事が繰り返されることで、陽が射しこまない密林にならずに植生の世代交代が促され、野生動物の数が適度にコントロールされ、土地が肥沃(ひよく)になる効果も期待できる、という研究報告は少なくありません。「リセットの効用」ということでしょうか。米国公園局(National Park Service NPS)は「山火事は自然の新陳代謝の一環。人為的な鎮火活動はしない」と宣言したものでした。

 なるほど、そうかもしれませんが、自然の「妙(たえ)なるメカニズム」に頼ってばかりはおれません。人間の産業活動による地球温暖化、いや地球灼熱化によって、北極圏などでも例をみない規模の山火事が引き起こされることが指摘されています。国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)も、地球温暖化が森林火災を増加させていくと警鐘を鳴らしています。

 本来は二酸化炭素(CO2)の減少に貢献するはずの森林が、火災によって二酸化炭素やメタンが空中にまき散らされると、それがまた灼熱化や気候変動をもたらす「悪循環」に陥る。木々が失われると、地中の保水能力が鈍って土壌がゆるみ、土砂災害を引き起こす原因にもなるのです。

 この夏、日本は異常な猛暑に襲われています。それでもエアコンが効いた自宅で、冷たいものを飲みながら高校野球のテレビ観戦でもして過ごせば、熱中症は避けられるかもしれません。しかし、マウイの人びとは電気も水もない、過酷きわまりない毎日を強いられているのです。けっして他人事(ひとごと)、対岸の火事ではありません。

 同じ地球市民として、わたしたちに何ができるでしょうか。

(日刊サン 2023.8.25)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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