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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】核は必要悪? いえ、絶対悪です

 手元に、すっかり古びた一枚の絵が残っています。

 1962年の晩秋、世界が核戦争の縁に立たされたキューバ危機に際して、佐賀市の小学校4年生だったわたしが描いた「原爆の絵」(写真)です。そのころ『驚異の原子力』という本や、湯川秀樹博士の伝記を夢中になって読み、核兵器のおそろしさを子ども心に感じていたのでしょう。市の絵画コンクールか何かで表彰されたはずですが、ある先生から「こういう暗い絵は子どもらしくない」と評され、その先生のことが嫌いになった憶えがあります。

 あのキューバ危機から60年。東西陣営の冷戦はとっくに終わったはずなのに、人類はいまだに核の狂気から自由ではない。いまも、この地上には米ロ両国を中心に1万2720発もの核弾頭が存在しているのです(長崎大学核兵器廃絶研究センター調べ 作戦配備・貯蔵・解体待ち弾頭などの合計)

 文豪ドストエフスキーは「人間は何事にも慣れる存在だ」と定義しました。しかし、この倒錯した異常をもはや異常とは思わず、異常が「常態化」(new abnormal)した世界への想像力が磨滅(まめつ)し、失われているとすれば、わたしたちはホモ・サピエンス(賢いヒト)の称号を返上すべきでしょう。

 第2次世界大戦に勝利した米ロ英仏中の5か国にだけ核保有の特権が認められるいびつな形で、戦後世界はスタートしましたが、いまやインド、パキスタン、イスラエルの核保有は「公然の秘密」。北朝鮮は核戦力を示威(じい)して、国際社会を挑発し続けています。

 半世紀以上にわたって核管理の国際規範となってきた核不拡散条約(NPT)の再検討会議が7年ぶりに、今月からニューヨークの国連本部で開かれています。昨年、核兵器禁止条約が発効(6月現在、65の国・地域が署名、批准)した一方で、ウクライナに軍事侵攻したロシアは核兵器使用をちらつかせ、戦略核の部隊を特別態勢に移し、核兵器が使われるリスクは「いま、そこにある現実的な脅威」(国連軍縮部門トップの中満泉事務次長)となっているのです。

 とりわけ戦術・戦場核兵器の高度化、小型化によって、「使えない核」の封印はすでに解かれたとみるべきでしょう。核抑止論による「恐怖の均衡」がガラス細工に過ぎなかったことは、ロシアの「核の脅し」によってもはっきりしてきました。軍事リアリストを気取る政治家、将軍、戦略家こそが、しばしば現実に盲従し、現実を見失い、そして現実に逆襲されるのです。

 核軍縮どころか、中国は350発と米ロと比べて開きがある核弾頭数を「2030年までに1000発に増強するだろう」と米国防総省の報告書は警告しています。ウクライナ戦争や、将来の台湾有事をにらんで、日本のタカ派の間では「核共有論」が大っぴらに語られ始めてもいます。こうした時代の逆流のもとで、NPT再検討会議で191の締約国・地域が共通の目標を盛り込んだ最終文書をまとめられるのか。そこが最大の焦点になるようですが、ますます複雑骨折していく世界に、もどかしい思いが去りません。

 唯一の被爆国でありながら、米国の「核の傘」に頼る日本のダブルスタンダードについては、論評するのも歯がゆくなってきます。NPTの会議には岸田首相が出席し、非核保有国の間の分断を乗り越えて、「核廃絶を目指す」日本の姿勢を訴えたものの、それがどこまで今の流れを押しとどめる力になるのか、はなはだ疑問と言わざるをえません。

 わたしは、日米安保体制を外交・安保の基軸としつつも、核の呪縛からのがれる道はなくはない、と考えます。それは「北東アジア非核兵器地帯」(NEA-NWFZ)の創設です。

 具体的には、日本、韓国、北朝鮮が核開発・保有を禁止することを互いに確約し、米国、ロシア、中国にこれら3国を核攻撃・威嚇の対象にしないことを議定書で誓わせるのです。「そんな理想論を言っても意味がない」と鼻で笑われますか? わたしは絵空ごとのように見えて、まずは、これがもっとも賢明で現実的なアプローチではないかと思うのです。

 中南米の33か国すべては2002年、非核兵器地帯条約に署名、批准しました。ASEAN諸国10か国でも、2001年にすべての当事国の批准を終えました。中央アジア、アフリカ諸国でも非核兵器地帯構想は進んでいます。

 日本こそは、この非核兵器地帯構想を推し進め、実現する強いリーダーシップを担うべきです。岸田さん、「やってる感」を演出するだけでは情けない。被爆地広島出身の政治家として、どんなにハードルが高かろうと、粘り強く関係国を説得する。それが、あなたの歴史的使命ではないのですか。

(日刊サン 2022.8.12)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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