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木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】唐突に幕をおろした「安倍一強」の時代

 日本が亡国への道を転がり落ちていった昭和初期に、政財界の要人を標的にした政治テロが横行したことは、もちろん、知識としては知っています。1960年の日米安保条約改定をめぐる騒乱では、退陣目前の岸信介首相が暴漢に襲われ、社会党委員長だった浅沼稲次郎氏が右翼少年の凶刃に倒れました。その二つの事件なら幼少時のわたしにもうっすらと記憶があります。

 しかし、最大の衝撃は1963年、太平洋の向こうから飛び込んできたケネディ米大統領の暗殺事件の知らせでした。わたしがいた九州の田舎の小学校でも、写真ニュースの前に多くの子どもたちが群れをなして集まりました。

 暗い時代に連れ戻されたような思いに襲われたのが、今度の安倍晋三元首相の、暗殺事件でした。白昼に、しかも参議院選挙の遊説中に、改造した銃器を使って元首相を撃つという卑劣極まりない犯行です。事件の背景はこれから解明が進むでしょうが、個人的な恨みであれ何であれ、民主主義をあざ笑うような暴力を断じて許すわけにはいきません。

 「突然の死こそ望ましい」とはブルータスの剣に斃(たお)れた古代ローマの英雄カエサルの言葉です。しかし、67歳の若さで、唐突にいのちと未来を奪われた安倍氏の無念はいかばかりだったか。残されたご遺族らの悲しみを思うと胸が痛みます。

 安倍氏とは何度か酒席をともにしたことがあります。下戸でしたが、つきあいがよく、早口でジョークを飛ばしました。育ちのよさと、細やかな気づかいを感じさせる方でした。

 参院選挙は安倍氏の「とむらい合戦」の様相も帯びて自民党の大勝に終わりました。ただ、安倍氏への追悼はそれとして、通算の首相在任期間3188日と歴代最長を誇った安倍政治とは何だったのか、いまこそ冷静な総括が必要な時期だと思います。

 私見を言えば、安倍時代でもっとも評価できるのは「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」でした。なかでも、いわゆる周辺事態への対応など安全保障に関する法制の整備は、野党の激しい反発を浴びましたが、中国の著しい海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発など北東アジアの安全保障環境の変化を考えると、必要な措置だったと言わざるをえません。「自由で開かれたインド太平洋」という理念を打ち出し、日米豪印による「クアッド(Quad)」という名の協力の枠組みづくりで主導的な役割を果たしたのも安倍氏でした。

 中国や北朝鮮、韓国に厳しい姿勢を見せる反面、「大甘」だったのはロシアへの対応でした。在任中27回もプーチン大統領と会談し、大型の経済協力構想も持ちかけましたが、結果的には北方領土問題には1ミリの進展もなく、プーチン氏に鼻であしらわれたのも同然。「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている」という安倍氏の言葉がうつろに響きます。

 政権の最大の売りものだった「アベノミクス」の評価は割れます。日銀と連携した異例ともいえる金融緩和などで株価は大幅上昇し、雇用も増えましたが、長期的なデフレ経済からいまだに抜けだせてはいません。「trickle down」理論(富める者がさらに富めば、下層の人たちにも富がしたたり落ちてくる)は幻想でした。一般国民の実質賃金はこの30年間、ほぼ変わっていません。財政規律は緩み、天文学的な借金が将来世代に重くのしかかることにもなるでしょう。

 安倍氏が凶弾によって「自由な言論を封じられた」のはその通りですが、皮肉なことに、安倍氏の最大の罪は、国会という国権の最高機関で言論の価値がおざなりにされたことです。森友問題では首相の影を消すために公文書偽造が行われ、痛ましい犠牲者が出ました。「桜を見る会」の前夜祭の費用をめぐっては、安倍氏の118回の虚偽答弁が明らかになりました。安倍氏の冗舌の裏の「うそ」を、多くの国民は直感的に見抜いていたのではないでしょうか。

 検察トップである検事総長に自分の息のかかった人物を据えるために定年延長をゴリ押ししたり、最近でも、かつて首相秘書官として仕えた防衛事務次官の留任を岸田首相にねじ込んだり。自分に正面から異論を唱える者は遠ざけて、わが世の春をうたった「安倍一強」時代のなごりは、いまも散見されました。しかし、二重権力の安倍院政が続くような日本政治はこりごりです。

 いま、日本政治に求められるのは言論の力を磨き、「信」を取り戻すことです。参院選で大勝した自民党、そして岸田首相には「おごれるもの久しからず」という『平家物語』の言葉をかみしめてほしいと願います。

(日刊サン 2022.7.22)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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