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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】「七つの海を越える」中国のオセロゲーム

 イングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガード主演の『カサブランカ』から、南アフリカの人種差別(アパルトヘイト)を主題にした『遠い夜明け』、そしてメリル・ストリーブとロバート・レッドフォードによる『原題Out of Africa(「愛と哀しみの果て」という邦字のタイトルは、恥ずかしくて口にできません)……

 アフリカを舞台にした映画はよく観ましたが、残念ながら、わたしはエジプトを除くとアフリカ大陸に足を踏み入れたことがありません。手塚治虫の『ジャングル大帝』に夢中になった少年時代から、あこがれ続けている地ですが、そんな甘っちょろいロマンなど吹き飛ぶ厳しい事態がアフリカで展開しています。

 岸田首相は大型連休に、エジプト、ケニア、モザンビーク、ガーナの4か国を駆け足でめぐりました。これに先立って、ハリス米副大統領はガーナ、タンザニア、ザンビアを歴訪しました。諸国のロシア傾斜を牽制するとともに、アフリカでいや増す「中国のプレゼンス」への対抗がもうひとつの目的でした。

 中国の対アフリカ支援は1949年の建国まもなくから続いているのですが、その影響力は年々強まり、今やアフリカにとって中国は13年連続で最大の貿易相手国。「一帯一路」政策の一環として、ケニアの首都ナイロビとインド洋沿岸のモンパサを結ぶ高速鉄道が完成し、いずれはウガンダを結ぶ「東アフリカ鉄道ネットワーク構想」を実現させる計画。こうした巨大インフラ整備に中国は莫大な資金をつぎ込んでいるほか、「食糧安全保障」への思惑も込めて、世界の耕地面積の60%を占めるアフリカでの農業開発の支援にも力を入れています。

 新華社、チャイナ・デイリーなどの中国メディアがケニアにアフリカ本社を構え、中国とアフリカの5か国のメディアがテレビ番組を共同制作したニュースも伝えられました。中国共産党はアフリカ54か国中51か国、110の政党と関係を結んでおり、中国の影響力が増し、「市場独占」が着々と進むのを、指をくわえて見てはおれない、というのが米国や日本の思いです。

 「グローバルサウス」と呼ばれる南半球の途上国に中国シンパを増やし、資源獲得競争でも安全保障でも、優位に立ちたい中国の野望があることは間違いないでしょう。舞台はアフリカにとどまりません。

 カリブ海を含めた中南米諸国はかつて「米国の庭先」と言われたものですが、2021年の地域の貿易総額(メキシコを除く)は米国が約24兆円なのに対し、中国は大きく引き離して約34兆円。なかでも脱炭素時代に向けて中国が本腰を入れるEV(電気自動車)や、スマートフォンのバッテリー原料となるリチウムは「白いダイヤ」と呼ばれる希少金属で、その埋蔵量が豊かな中南米に中国の熱い視線が注がれているのです。

 世界第2位の埋蔵量を誇るアルゼンチンのリチウムの60%が、第3位のチリは44%が中国に向けて輸出されています。中国企業「ガンフォンリチウム」が、アルゼンチンのリチウム開発権を日本円にして約1300億円で獲得した、という報道も流れました。日本の経済産業省の幹部は「次世代資源の多くを中国に握られたら、それでなくとも立ち遅れている日本のEV開発はもはや太刀打ちできない」と焦りを隠しません。

 いまひとつの要素は中国と台湾との角逐(かくちく)です。3月には中米ホンジュラスが中国と国交を結んで台湾と断交。一方、「中国と台湾の代理戦争」とも言われた先月の南米パラグアイの大統領選挙では、台湾支持派の与党候補が勝利を収めました。

 一進一退の神経戦が演じられているのが南太平洋です。

 2019年、ソロモン諸島とキリバスは中国と国交を結び、台湾と断交しました。あわてた米バイデン政権は、パラオやミクロネシア連邦に対する軍事援助増額を打ち出すなど、「断交ドミノ」封じに躍起です。その成果なのかどうか、5月に退任するミクロネシア連邦のパニュエロ大統領は中国と断交し、台湾と国交を結ぶ考えを示し、この地域は白と黒の石が盤上でめまぐるしく入れ替わる「オセロ状態」に。

地球温暖化による海面上昇などの切迫した難問解決に、地域が一体となって取り組まなければならないというのに、これでは各国の連帯が期待できるはずもありません。

 わがもの顔の中華第一主義(Sino-centrism)には、いささか辟易(へきえき)です。しかし、ここは落ち着いていきましょう。中国も大国なら大国らしく、ぜひとも大人(たいじん)のふるまいを見せてくださいな。

(日刊サン 2023.5.12)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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