新しい年、2021年が明けました。
昨年、世界は新型コロナウイルスの猛威にさらされ、多くの尊い命が奪われました。ワクチンが開発され、行き渡っても、すぐにはウイルスが地上から消えてなくなるとは考えにくい、やっかいな相手です。新年も辛抱強く、できる限りの感染防止策をとりながら、つきあっていくほかないでしょう。
でも、きょうは地上のコロナ禍のことはしばし忘れて、広大無辺な宇宙に思いをはせることにしましょうか。探査機「はやぶさ2」が、健気にも総飛行距離52億キロの長い旅を終え、小惑星リュウグウから採取した砂が入ったカプセルを持ちかえった最近のニュースは、暗い世相のもとに投げかけられた、ひと筋の希望の光のように思えました。
わたしのお気に入りは、国立天文台の4次元デジタル宇宙ビューワー「Mitaka」による「1億光年までの旅」と題した約10分間の動画サイトです。地球からどんどんと離れ、想像もできない宇宙の彼方に、わたしたちを誘(いざな)ってくれます。「こぐま座」の北極星はおなじみですが、北極星まで、徒歩では1173億9441万年、新幹線だと18億7831万年、ロケットでは1174万年、そして光の速度でも433年。それが1億光年という宇宙の果ての果てともなると……もう、頭がくらくらしてきますね。
「それでは地球に戻りましょう」というガイダンスとともに、早回しで帰路をたどり、青くちっぽけな地球が見えてくると、その星であくせくしながら、長くともせいぜい100年に過ぎない時間を生きているわたしたち人間が、なんだかいじらしく思えてきます。
太古の昔から人びとは夜空を見上げ、星辰(せいしん)の運行に託して、彼らの運命を占ってきたのでした。16世紀のイタリアの修道僧ジョルダーノ・ブルーノは「宇宙は無限で、無数にある」と唱え、ローマカトリック教会の怒りを買い、火あぶりの刑になりました。仏教には「三千大世界」という言葉がありますが、これは3000ではなく、宇宙は千の3乗、つまり10億個もあるという意味なのですね。
でも、最新の宇宙物理学によると、宇宙は10億個どころの話ではない。10の500乗、つまり、ほぼ無数にあると考えられ、もはやユニバースではなく、メガバース、マルチバースといった方がふさわしいようです。太陽系が属する天の川銀河。素粒子物理学者の村山斉博士によると、横から見ると「広島風お好み焼き」のように真ん中が出っ張っている薄っぺらな円盤状の形状をしているらしいのですが、その天の川銀河だけで、太陽と同じような恒星がなんと2千億個もあるというのですから。つくづく、イキモノの生命が豊かに息づく地球は「奇跡の星」と思わざるをえませんね。
ところで、138億年前にビッグバンによって誕生したと言われるこの宇宙が終焉の日「Xデー」を迎えることはあるのでしょうか。それは、よくわからないのだそうです。ただ、核融合によって輝く太陽もあと55億年もたてば、とうとう燃料の水素が燃え尽き、いまの大きさの約250倍の「赤色巨星」となって、やがて静かな死に至る、と考えられています。すべての光さえ呑み込む巨大なブラックホールだって、いずれ蒸発してしまうらしい。
じゃあ、その後はどうなるのさ、と聞きたいところですが、議論百出。誰にもはっきりしたことは言えない。宇宙は膨張していますが、この先もずっと膨張を続けるかはわからない。もはや人智が及ばない「神の領域」でしょうか。そういえば、「解かれることを望まない秘密だってあるさ」といったのは、19世紀の米国の推理作家エドガー・ポーでしたっけ。
要するに、宇宙はまだまだわからないことだらけ。最新科学の成果には目を見張るものがありますが、それは、全宇宙の秘密を解き明かすうえでは、まだ一里塚に過ぎない、ということなのかもしれません。
「わたしは海岸で遊んでいる子どものようなもので、ときに、なめらかな小石を見つけたり、きれいな貝を見つけたりして、はしゃいでいる存在に過ぎない。目の前には手も触れられていない真理の大海原が横たわっているというのに」。天体の運行から落下するリンゴの重力まで、近代科学を打ち立てた天才科学者アイザック・ニュートンが語ったというエピソードを思い出します。
さて、宇宙への小旅行はこのくらいにして、そろそろ、いとしの地球に戻るとしましょうか。
(日刊サン 2020.01.08)
木村伊量 (きむら・ただかず)
1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。