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ニュースコラム 高尾義彦のニュースコラム

【高尾義彦のニュースコラム】IT化目指す日本の司法 現状の課題は?

 民事裁判手続きのIT化に向けて、訴状のオンライン提出などに道を開く改正民事訴訟法が518日に国会で成立した。刑事事件でも逮捕令状請求のIT化を検討する動きが活発になっている。日本の司法は新しい時代を迎えるが、その課題や司法の現状など最近のニュースで気になる動きをピックアップした。

 民事裁判手続きは、2025年度までに段階的にIT化される。実現した場合、訴状は裁判所に持参するか郵送する現状から、インターネットを通じた「オンライン提出」が認められる。司法記者として東京地裁を担当していた頃、裁判所の窓口で毎日、提出される訴状を一件一件チェックして報道すべき事案があるか確認していた経験からすると、隔世の感がある。

 IT化では、原告、被告が法廷で主張を交わす口頭弁論に、当事者がウエブ会議で参加できるようになる。現在は「紙」でやり取りされる裁判記録も、原則として電子データで蓄積され、当事者は自宅や弁護士事務所の端末から閲覧できるようになる。裁判所が書面を郵送している判決も、ネットを通じて送達され、ダウンロードできるようになる。

 日本の裁判は長期化するケースが多く、利用する側にとって大きなネックになっているが、改正法が現実化すれば、当事者双方の申し出があれば、裁判所は6か月以内に審理を終了し、その後1カ月以内に判決を言い渡すシステムが導入される。

 課題もある。パソコンなどに不慣れなIT弱者が不利な扱いを受けないか、配慮する必要がある。弁護人なしで本人が訴訟を起こす場合には、「紙」の訴状提出が認められるが、過渡期の手続きも含め、裁判を受ける権利を保護するこまかな気遣いが必要になる。証人調べがウエブ会議になった場合、対面の場合のように心証を適正に得られるかどうか、懸念も残る。

 刑事手続きについて、法務省は被疑者の逮捕や家宅捜索に必要な令状をオンラインで請求し、発布する「電子令状」を導入するため、早ければ来年の通常国会に刑事訴訟法などの改正案提出を目指す。裁判所が遠隔地にある場合など効率的な捜査が進むとみられるが、電子データによる捜査資料の機密保護など課題も残る。

 日本の司法は、とかく冷たく国民が近寄りがたいとのイメージがあるが、こうした改革が国民の利益となるよう運用されることが望ましい。そんな司法の世界で画期的な判決と受け止められたのが、最高裁裁判官の国民審査に関して、「在外邦人は投票できないと規定している法律は憲法違反」と最高裁大法廷(裁判長・大谷直人長官)が15人の裁判官全員一致で525日に言い渡した判決だ。

 最高裁裁判官の国民審査は、個々の裁判官について罷免すべきかどうか、国民が衆議院選挙に合わせて投票する制度。投票用紙の辞めさせたい裁判官の名前に「×」を付けるシステムで、過去25回の審査で罷免された裁判官はいないが、「×」印の数で、有権者の批判の有無をうかがい知ることはできる。

 在外邦人は約134万人(2110月現在)といわれ、これまでは権利行使が出来なかった。最高裁が法令の規定を「違憲」と判断したのは、刑法の「尊属殺人罪」をはじめ今回を含め11件。在外邦人が国民審査に参加出来るよう政府は法改正の手続きを迫られる。これまで課題を指摘されながら技術的、時間的困難を理由に具体策を取らなかったわけだが、それこそITを活用する方法も含め、柔軟な対応が必須となる。

 この違憲判決が言い渡された同じ日に、安倍晋三元首相の責任問題が焦点となった学校法人「森友学園」の国有地売却をめぐる民事訴訟で、一つの判断が示された。決算文書改ざんを苦にして自殺した近畿財務局職員の妻が佐川宣寿・元財務省理財局長に損害賠償を求めた訴訟で、大阪地裁は元局長の証人尋問を認めないことを決めた。落胆した妻は「裁判所は何のためにあるんでしょうね」と話したという。

 長く裁判報道に携わって来て、ある時期に「謙抑」という言葉を覚えた。広辞苑によれば、「へりくだって自分をおさえること」とある。日本の裁判官は、国・政府が訴訟の当事者となる裁判で、国民の側に立つより、強いものの言い分に耳を傾ける判断が目立つと実感してきた。

 憲法に保障された三権分立の理念があるのに、司法は「自分を抑えること」を優先して国民の期待に応えていない、と感じる判決を数多く体験し、「謙抑的な判断」と解説記事で批判してきた。

 一方で、「裁判官ネットワーク」に属する良心的な裁判官の活動に共鳴してきた。そのリーダーとして個人的にも親近感を抱いていた浅見宣義さん(62)が大阪高裁裁判官を定年前に退官して今年2月、郷里の長浜市長選に立候補、当選した。裁判官生活336か月。司法から行政へ、活動の場は異なるが、民主主義の実現に向けた新たな奮闘に臨む。

 「違憲判決」を機に、最高裁からピラミッド状の権力機構になっている司法の現場に、人間の温かみが蘇ることを期待したい。

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ』を自費出版。


 

(日刊サン 2022.6.15)

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