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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】稀代の女王陛下よ 安らかに

 いまから121年前のことです。英国に63年7カ月にわたって君臨し、世界に冠たる大英帝国をつくりあげたヴィクトリア女王が81歳で亡くなりました。

 その当時、ロンドンに留学していた34歳の夏目漱石が、女王の大喪を見物に出かけた折の詳細な記録が残っています。

『漱石日記』(岩波文庫)には「半旗が掲げられ、町のすべてはみな喪(も)に服している。異邦人である私も、弔意と敬意をあらわそうと黒いネククイをつけた」とあります。黒い手袋も買ったようです。漱石は下宿屋の主人とともに「地下電気」(地下鉄)に乗ってハイドパーク辺りまで来ると、葬列を見送る人々でごった返しています。

 「園内の樹木皆人の実を結ぶ」。つまり、木に登っての見物客も大勢いるほど。身長が160センチに満たなかった小柄な漱石は、人ごみに埋もれて前がよく見えず、下宿屋の主人に肩車をしてもらって見物したのでした。

 日本にいる俳人の高浜虚子にあてたハガキには「凩(こがらし)や 吹き静まって 喪の車」の句を詠んでいます。

 エリザベス女王が96歳で亡くなりました。ヴィクトリア女王を超える70年に及んだ治世でした。第二次大戦後の世情の混乱や、「英国病」といわれた経済の長期低迷、そして近年ではヨーロッパ連合(EU)からの離脱と、戦後の英国の浮沈を目撃してきた生涯でした。ダイアナ妃の離婚、事故死という悲劇にも耐え、王室の伝統を守る凛(りん)とした姿勢とともに、ときにはユーモアがにじみ出る人柄が人びとの敬愛を集めました。

 しかし、王室に向けられる英国民の視線は一様ではありません。調査会社「YouGov」による成人を対象にした昨年の調査によると、18歳から24歳の若い世代では、君主制の支持者は31%にとどまり、41%が「国家元首は選挙で決めるべきだ」と答えたというのです。

 わたしが新聞社のヨーロッパ総局長としてロンドンに暮らしていたのは10年以上前ですが、総局の2人の若い男性スタッフも、さながら「王党派」と「革命派」に真っ二つ。後者の若者はテレビのサッカー中継に夢中で、BBCがバッキンガム宮殿での王室行事の模様を伝えると、とたんに「くだらないなあ。王室はいらない」と不平を鳴らしたものでした。

 伝統を誇る英王室が21世紀も安泰とは、だれにも保証できない。それが現実なのでしょう。

 王室のプライバシーをめぐるタブーの暴露から、女王が休日を過ごすウインザー城の「世紀の潜入ルポ」まで、王室の権威などものともしない英国のタブロイド紙の勇名はとどろいています。女王のお好みのテレビ番組は、BBCの連続メロドラマという内幕話から、午後のおやつのスコーンを、こっそりとテーブルの下に集まるコーギー犬たちのエサに与えていることまですっぱ抜き、パブや食卓に格好の話題を提供します。「菊のカーテン」に閉ざされて、容易に内部がうかがい知れない、日本の統制された皇室報道とは大違い。

 ある日の高級紙の一面を見て跳び上がりました。

 チャールズ皇太子(新国王チャールズ3世)の頭部の「断面図」なるものが大きく掲載され、政治、経済への関心や故ダイアナ妃の占める割合はごくわずかで、大半がカミラ夫人のことで頭がいっぱいだ、というのです。もちろん、科学的根拠もへったくれもありません。こんな「不敬」が日本の皇室相手にまかり通ることは、うーん、さすがに考えられませんよね。

 威厳と気品に満ちたエリザベス女王に世界が弔意を表し、国葬に各国の元首級が集まるのは当然でしょう。死の2日前まで毅然として公務をこなした女王の立派さは讃えられるべきです。国葬には手続き上の問題もなく、凶弾に倒れた安倍元首相のように、国葬の是非が議論になる余地はありません。しかし、手放しのエリザベス礼賛が世界に渦巻き、「さすがに貴人は違う」と高貴な家柄を奉(たてまつ)るような空気は釈然としません。

 年老いても、光の当たらない社会の片隅で、人に尽くし、自分の務めを立派に果たしている無名の人は世の中にたくさんいます。生まれた環境や条件によって、間違っても貴賤で人を判断するような風潮を助長することがあってはならないと、わたしは思います。

(日刊サン 2022.9.23)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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