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木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】堀江謙一に続け 永遠の冒険者たち

 もう60年前のことです。23歳だった堀江謙一青年が、「マーメイド号」を操って世界で初めてヨットによる単独無寄港の太平洋横断に成功したニュースに、わたしは興奮を抑えきれませんでした。佐賀市の小学校に通う8歳の少年でした。後に『太平洋ひとりぼっち』という冒険譚(ぼうけんだん)になり、ベストセラーとなりました。読書感想文コンクールにこの本のことを書き、すっかり忘れましたが、何かの賞をいただいた思い出があります。

 今月5日、83歳になった堀江さんが、サンフランシスコから逆コースで太平洋単独横断に挑み、新西宮のヨットハーバーに到着して、出迎えた仲間や観衆に手を振る姿に、熱いものがこみあげました。青年の面影を残しながら、孤独と戦う古武士のような日に焼けた「冒険者」の相貌(そうぼう)を見て、この人の人生に向かい合う、並々ならぬ意志の強さを改めて思い知りました。

 最初の航海は94日間、今回は69日間に及ぶ約8500キロの航海。装備の向上、GPS機能の助けなど、この60年間の科学技術の進歩をうかがわせる挑戦でもありましたが、それでも日本近海では黒潮に行く手を阻まれて悪戦苦闘の日々。ラッキーにゴールできたのは「僕の日ごろの行いのせいですかね」と冗談を飛ばしていましたが、何よりも、堀江さんの衰えることのないチャレンジ精神をうかがわせる快挙でした。

 「意志あれば道あり」。意欲と情熱を失ったときに、人は衰えるのですね。

 ヨットではありませんが、ノルウェーの探検家トール・ハイエルダール(1914~2002)と5人の仲間による、いかだ船「コンティキ号」の漂流物語のロマンにも胸躍ったものです。

 太平洋上のポリネシア人は、アジアから東の海流に乗って移動してきたというのが「定説」でしたが、ハイエルダールは、ポリネシア人たちは南米から西に流れてやってきたと考えたのです。その仮説を証明するための船が、インカ族の太陽神にちなんで名づけられたコンティキ号でした。

 パルサの丸太をタケの甲板で覆い、バナナの葉を葺(ふ)いた小屋を載せた全長14メートルの粗末ないかだ舟。大方の人たちは、みじめな失敗に終わるだろうと予想したのですが、コンティキ号は101日かけて目的のラロイア環礁の暗礁に乗り上げるのです。それでも多くの学者は定説を覆そうとはしませんでしたが、その後、ポリネシア人から南米を起源とするDNAが見つかり、ようやくハイエルダール説の正しさが証明されたのでした。

 海ばかりだとバランスを欠くので、陸の偉大な冒険者たちのことも。

 80歳の史上最高齢でエベレスト登頂をやってのけた三浦雄一郎さんの凄さはよく知られるところですが、きょう取り上げたいのは彼の父君の三浦敬三さん。日本のスキー界の草分けで、山岳写真家としても知られました。2006年に101歳でこの世を去りました。

 敬三さんの「規格外」なところは、何といっても、絶対にあきらめない不屈の敢闘精神でしょう。90歳代でスキーの練習中などに3度の骨折を経験しますが、何のその。99歳で念願のモンブラン大滑走を見事に達成するのです。雄一郎さんによると、宿願達成の夜、風呂上がりの敬三さんは「これができたら死んでもいいと思っていたんだ」とつぶやいたそう。この悲壮感のなさ、淡々とした覚悟が、未踏の境地に立たせたのですね。

 人生100年時代。極めつきで元気な「スーパー老人」はけっこう、あちこちにお見受けします。

 米国ニュージャージー州に住む100歳の男性レスター・ライトさんは、今年、100メートル走のマスター部門で、26秒34の世界新記録を樹立。その直後、「100メートル走は楽しいけれど、もっと長くてもいいかなと思った」とのコメントにはぶっ飛びました。

 おばあちゃんだって、負けちゃおられないわよ。米国のジュリア・ホーキンスさんは80歳で自転車競技を始め、101歳でランニングに挑戦。そして昨年、105歳で100メートル走を完走しました。ガーデニングが趣味というホーキンスさんは「特にすごいこととも思っていないわ。これまでにも素敵なことをたくさん経験してきましたから。ささいなことね」ですって。

(日刊サン 2022.6.24)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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