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デジタル版・新聞

コラム 来夏の映画観ようよ

ファーザー

「おい、〇〇子、コーヒー淹れてくれ」。はーい、と明るく返事をし、カップに注いで祖父のもとへ運ぶと上機嫌で「ありがとうな」と言ってくれた。〇〇子は私ではなく母の名だが、いちいち指摘することに何の意味もないのはわかっていた。

 

 ロンドンのアパートで暮らす老人、アンソニー。娘のアンが彼の為に介護士を雇うものの、生活支援は必要ないし、腕時計を盗まれた、と主張する。すると、困惑した様子のアンにこれから恋人とパリで暮らすと告げられ、寂しさを隠しきれない。と、そこから奇妙なことが起こり始める。見知らぬ男が部屋の椅子で寛いでおり、誰だと尋ねると、結婚して10年経つアンの夫でポールと名乗るのだ。彼女は新しい恋人とパリに行くと言っていたばかりなのに…さらに別の日、全く顔の違う男が現れ、同じくポールと名乗るではないか。それに、もう一人の娘ルーシーにしばらく会っていないことに気が付き、どうしているだろうかと思いを馳せる。

 

 暗い、重たい、切ない―いや、どれも違う。強いて言うなら「痛い」だった。最初の方こそは、もしかして部屋のドアを開けるたびにタイムスリップするか、別世界へ移動してしまうスリラー&ホラーなのではと訝ったが、まさにそれこそが認知症が進行していくアンソニーの視点だった。そして、家の中で迷子になる、愛着のある腕時計を探す、そんな姿が生前の祖父と重なり、ああ、認知症を患っていた祖父には世界がこんな風に見えていたのかもしれない、もっと理解して接してあげられれば良かった、と痛みを感じたのだ。話が通じず、誰だか認識してもらえなくなるのは辛いことだが、当人も相当混乱していたろう。身内か、あるいは自分自身か、決して他人事でない内容でもあり、主演アンソニー・ホプキンスの迫真の演技に魅せられる正統派ヒューマンドラマ。

 

 祖父が亡くなって2年、今でも仏壇に淹れたてのコーヒーをお供えするのが習慣だ。故人の想いを知る由もないが、思い出す祖父の表情と同じく穏やかなものであって欲しい。

●加西 来夏 (かさい らいか)

映画は年間100本以上視聴、訪問国は39ヵ国~の旅する映画ラヴァー/ドアを開けるとタイムスリップ、というコンセプトの映画、あります。”ザ・ドア 交差する世界”で主演のマッツ・ミケルセン共々とても好きです。

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