昔、「犬を飼いたい」と父にお願いしたら、大学卒業まで地元に残るなら許可する、と言われた。今思えば娘を都会に出すのが心配だったのと、家族皆で過ごす時間を少し伸ばしたかったのだろうと思う。
地味な風体で毎日バスで工場に出勤し、一見、何の変哲もない生活を送る凡庸な父親ハッチ・マンセル。幼い娘には慕われているものの、反抗期の息子との関係は良好でなく、妻との仲は冷え切っている。しかし、ある日家に強盗が押し入った事件をきっかけに豹変、元・凄腕エージェントとしての本性をあらわし、家族を守るために激闘を繰り広げることになる。
アカデミー賞にアクション部門があったらぜひ賞をあげたい!それくらい、今のところ本年度ナンバーワンの痛快さ。路線バス、台所、車のトランク―限られた状況下で、そんなものですら武器になるのか、という純粋な驚きに輪をかけ、後半に畳みかけるような怒涛のアクションシーンが続く。中でも主人公ハッチのドライビング・テクニックが物凄かった。もはや、ジェームズ・ボンドやイーサン・ハントに肩を並べる圧倒的存在感だ。さらに、真面目な銃撃戦なのにシュールかつユーモアたっぷりで思わず笑えてしまえるのもナイス、序盤の冴えない中年男性像は完全に吹っ飛ぶ。時に敵に刺され、撃たれ、痛みをこらえながら、特殊能力を持つスーパーヒーローとはまた違う等身大の強さがかっこいい。しかし、実は彼の父親の方がより一層…。筋書やスタイリッシュなアクションが近いデンゼル・ワシントン主演の“イコライザー”が面白かったという人には、間違いなくおすすめ。続編を匂わせる描写もあるので、シリーズ化になれば嬉しい。
さて、先日の父の日。甘いものが好きなので母と話し合ってケーキを提案したが、これ以上太ったら持病の腰痛に悪いという理由で却下された。親バカならぬ娘バカかも知れないが、ハッチに負けないくらい家族思いの父には彼のように体を張ることなく、ただ健康で長生きをして欲しい。
●加西 来夏 (かさい らいか)
映画は年間100本以上視聴、訪問国は39ヵ国~の旅する映画ラヴァー/身内が救急搬送されたものの、コロナ禍で受け入れ可能な病院がなかなか見つからず冷や冷やでした。現状を突きつけられたととも、医療従事者の方へ心から感謝です。
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