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父の死

父の死

(前回まで)「世界をまたにかけて働く」ことを幼少からの夢としていた私は、意と反して損害保険会社に入社。順風満帆な生活を送っていたが、会社が急きょ経営破たん。その後の人生を切り開くために渡米。ついに悲願のMBAを取得し、日本に凱旋帰国した。

 

 2004年3月23日夜。銀行の規則で年間6日連続の有給休暇を取得する必要があったのだが、なかなかうまく調整できず最後の最後で取るはめとなった私は、同僚などに翌日からの不在の挨拶を済ませ、急ぎ足でオフィスを出た。真っ直ぐに向かった先は、父の入院先であるお茶の水の順天堂大学医学部付属病院。ここ数週間多忙を極め、父の見舞いにほぼ行けなかった。その代わり、今から始まる休暇は父との時間を最優先にすると以前から決めていた。父とゆっくり時間が過ごせることを考えるととても嬉しかった。心底楽しみにしていた連続休暇であった。

 病室に入ると母や妻、義理の妹が既におり、父を囲んで談笑していた。ここ数日あまり容態がすぐれない話を事前に聞いていたものの、私の知るいつもの父の姿がそこにはあった。父とはごく自然にいつものような会話を交わしたが、いつの間にか妻と義理の妹は部屋から退室していた。つかの間の親子の空間となっていた。

 その時である。父は突如目をつむり苦しそうに顔をゆがめた。「お父さん、医者呼ぼうか?」「いや、大丈夫だ」これが我々親子の最後の会話となってしまった。私は外にいた妻に医者を呼ぶように伝え、父の手を握り「お父さん」と呼び続けた。私だけではない。皆で「お父さん」と声をかけ続けた。我々の声が小さくなった時、後ろにいた医者が「ご臨終です。」と声を発した。病室は悲しみに包まれた。ドラマでよく見る光景が目の前で再現された。この時、私の到着から1時間も経っていなかった。まるで私を待っていたかのように父は旅経っていった。

 世の中で一番頼りにしていた人をこのように失った。32歳の春のことだった。

 今まで色々なことに失敗しても、父が居てくれるということが心の救いだった。だから色々なことに思いっきりチャレンジすることが出来た。最初の会社が経営破たんした時に渡米を決意した時も、“失敗したら父の顔見ればいいんだ”と心のどこかで思う自分があったような気がする。そんな心の支柱だった。

 人となりなどは、その人が亡くなってから評価されるとしばし言われる。父は誰からも愛されるリーダーであり、そのことを重々理解していたので、会葬者が残した言葉に驚きはなかった。しかし、そんな私にも忘れられない光景があった。告別式が終了し霊柩車で火葬場に向かう道すがら、どこで聞きつけたのか父の最後を見送る人だかりがところどころに出来ていた。車中から見たその人たちは、一様に父にお礼を述べているようであった。現職で亡くなったこともあるであろうが、そんな光景に父の人柄を改めて垣間見たのだった。

(次回につづく)

No. 169   第3章 「再挑戦」

Masafumi Kokubo

ミネソタ州ウィノナ在住。1995年中央大学法学部卒。損害保険会社勤務後、アイオワ州の大学院にてMBAを取得。その後、メガバンク、IT企業を経て、現在は全米最大の鎖製造会社の副社長を務める。趣味はサーフィンとラクロス。

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