秋の夜長と肝臓
千葉県鴨川で今、この原稿を書いています。鴨川の湾を挟んで遠くに見える山々では紅葉が始まり、緑のキャンバスに紅色や黄色で点々と絵具を落とした点描画のようです。昨夜は帰宅途中でキョン(小さな鹿のような姿です)に出会いました。明日は東京に戻りますが、リモートワークも悪くないと思える日々です。
「白玉の歯に沁みとほる秋の夜の酒はしずかに飲むべかりけり(若山牧水)」
私はお酒を嗜みませんので、お酒の魅力を語ることはできませんが、この句を読むと深まる秋の夜長に窓越しに見える冴え冴えとした月を肴に緩やかな時を噛みしめながら過ごすひと時の在り様が目に浮かびます。
お酒は少量であれば、健康に有益との研究報告がありますが、過度の飲酒はお薦めできません。肝臓は私達の身体の中にある最大の臓器です。肝臓がそんなに大きいのは、2000種類以上の酵素たちが500種類もの生命を維持する機能を同時にこなしているからです。肝臓が沈黙の臓器と呼ばれるのは、仕事で手一杯なため少々のトラブルでは私達に苦痛を伝えてくれないからです。アルコール性肝障害はアルコールを控えて(できれば断酒して)生活することで概ね良くなります。
一方、近年増加傾向にある非アルコール性脂肪肝(NAFLD)は将来的に肝がんに発展する可能性も視野に入れる必要があります。脂肪肝と聞くと、肝臓に脂肪が蓄積している状態を思い浮かべます。事実、全肝細胞の30%以上(肝細胞内に油滴が5%以上)が脂肪化している状態を脂肪肝と呼ぶのでイメージ通りでしょう。軽い脂肪肝であれば、生活スタイルを改善するだけで良好な結果が得られます。因みに日本人の3人に1人は肝臓に何らかの異常を抱えていると報告されています。
さて、NAFLDにお話しを戻しますが、主な原因は食べ過ぎです。顕微鏡でNAFLDの肝細胞を見ますと油の粒でパンパンに膨らんでいる様子が確認できます。この非アルコール性脂肪肝を放置すると肝細胞は風船が破裂するように壊れて、炎症を起こし、水分の減った肝臓は硬くなり、線維化という現象が表われます。これがアルコール性脂肪肝炎(NASH)です。このNASHが肝がんや肝硬変に移行する危険な脂肪肝ですので、必ず適切な治療を受けていただくようにお願いいたします。肝臓の状態は血液検査で知ることができます。非アルコール性脂肪肝の簡易チェックは女性の場合、ウェスト÷ヒップ=0.8以上が注意ゾーンとなります。また、過度なダイエットの結果、栄養不良などからNAFLD⇒NASH⇒肝がんなどのケースもありますので、黙々と働いている肝臓への適切な栄養補給は意識して行ってください。
最後に肝臓と腸は腸肝相関と呼ばれて切っても切れない縁で結ばれています。肝臓のお手入れと一緒に腸のお手入れも忘れずに、健やかな日々を楽しんでお過ごしください。
神楽坂発 お身体へのお便り No.86
安田祥子 Akiko Yasuda
株式会社jast代表取締役会長
統括メディカルアドバイザー、フリーライセンスドクター、「農林水産省 産学共同プロジェクト」メンバー
最愛の娘の突然の死をきっかけに、健康は当たり前のものではなく、自らの手で守り育むものと痛感し、分子生物学や医学などを学ぶ。2013年(株) jastを設立し家庭と医療機関を結ぶ架け橋としてのアドバイザー育成に取り組む。これまで200件以上のクライアント様の健康・医療・日常生活のご相談に応えるとともに、教育部門JAMAで主席講師を務め分子生物学の観点から細胞に働きかける栄養素や最新の遺伝子研究など多岐に渡る講義を行う。数多くの機関誌への執、講演会、セミナーなども行っている。
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