日本の植物画家たちによる「桜と日本の植物画/Plant Art Exhibiton」展がハワイ島にあるハワイ大学ヒロ校で開かれている。ハワイに日本の桜を咲かせた元高知県立牧野植物園長、小山鐵夫さん(86)が現地で推進役を務め、作品36点は日本のボタニカル・アートの第一人者、石川美枝子さんが中心となって準備した。日本の15人と小山さんやハワイ在住の画家の作品が展示され、4月初めまでの予定だ。
今回の植物画展を実現させた小山さんは、日本の桜をハワイに輸入したことで知られる。ワシントン・ポトマックの桜が100周年を迎える前年の2011年にハワイに日本の桜を植える計画に着手した。日本桜の分布の最南端に近い高知県と温暖で海洋性の気候の八丈島から、センダイヤ(山桜の品種)とオオシマザクラを選び、牧野植物園で種を採取し、ハワイの苗床で苗木を成長させた。
これをキラウエア山麓に移植し、後にオアフ島にも400本の苗木が植えられ、ともに花を咲かせている。亜熱帯の温かい気候に順応させる努力が実った。
小山さんは少年の頃、日本の植物分類学の基礎を作った牧野富太郎博士のもとに通い、東京大学理学部で博士号を取得した。ニューヨーク植物園に首席研究員などとして28年間勤務(ニューヨーク市立大大学院教授兼務)、20世紀末に牧野植物園長に就任し、世界的な植物園に育てあげた。
当時から拠点をハワイに移し、日本と行き来する生活だった。公益法人ハワイ桜基金を創設、今回の植物画展はこうした活動の一環に位置づけられ、ハワイの桜の歴史が背景にある。
開会セレモニーなどに出席した石川さんによると、石川さんは「ヤエベニザクラ」「カンヒザクラ」「キリの花」など10点を出品し、初日には植物画の描き方を指導するワークショップも開いた。「細部まで植物を観察して、磨かれた技術で描く植物画の世界を体験してほしい」とアピールしている。
筆者が石川さんと知り合いになったのは30年ほど前に東京都八王子市にある多摩森林科学園、通称「桜保存林」で桜にまつわるあれこれを取材した時だった。ここには現在、1,400本にのぼる桜が全国から集められ、1月から5月ごろにかけて順次、開花が楽しめる。桜の品種は400種ともいわれ、園内でお酒は飲めないものの、恵まれた環境で桜を愛でたい人たちには、お花見の聖地と言ってもいい名所になっている。
日本では桜といえばソメイヨシノが定番だが、ここで金色を内部に閉じ込めたような鬱金(うこん)や御衣黄(ぎょいこう)といった珍しい桜に初めて出会った。日本の桜のルーツはヒマラヤといわれ、ネパールまで出かけてルーツを探った研究者にも会った。
桜をテーマにした話でもう一つ紹介したいのは、元毎日新聞記者でロンドン在住の阿部菜穂子さんが2016年に刊行した『チェリー・イングラム 日本の桜を救ったイギリス人』(岩波書店)である。
この本の主人公、コリングウッド・イングラムさんはイギリスの貴族で、1902年に初めて来日し、桜の魅力のとりこになった。可能な限りの品種をロンドンに持ち帰り、英国で見つけた日本の桜も分けてもらって、広大な桜の庭を作った。何回かの来日で、江戸時代から日本にあった「太白(たいはく)」という大ぶりで白い桜が絶滅していることに気づき、昭和の初めに穂木(枝)を日本に送った。
何度か失敗した後、運送経路を赤道を通る船便からシベリア鉄道に変えて初めて成功し、穂木を受け止めた京都の桜守り、第14代佐野藤右衛門さんの手で里帰りが実現した。戦前、里帰りした太白などは敵国視され、戦後の桜植樹は育成がたやすいソメイヨシノ一辺倒となったが、太白は佐野家や多摩森林科学園で育てられ、日本に復活した。
実は、平成の初めに筆者が桜を取材した際、毎日新聞に連載した記事に、「一時は日本から消えたといわれ、英国の庭園などから見つかった太白」と書いた。阿部さんの著書は、復活した太白の謎を丹念にたどった労作で、彼女の著書に接した時の感激は、いまも忘れない。太白はいま、東大小石川植物園などで見ることが出来る。
阿部さんの著書は昨年3月「’Cherry’ Ingram The Englishman Who Saved Japan’s Blossoms」としてイギリス、オーストラリア、カナダなどで出版され、米国では「The Sakura Obsession」のタイトルで書店に並んでいる。
日本では間もなくお花見の季節。東京では、靖国神社の標本木(ソメイヨシノ)で判断する日本気象協会は3月15日、民間のウエザーニューズ(上野公園が基準)は14日頃に開花と予測、23日には満開の見通しという。
ソメイヨシノが主流の本土とは違い、沖縄ではすでにカンヒザクラが1月6日に開花した。伊豆半島の河津桜まつりは2月10日から始まっている。ほかにもヤマザクラなど魅力的な桜の品種がたくさんあり、ソメイヨシノばかりがもてはやされる風潮は改めてほしい、と花見のたびに痛感する。
日本では、2月22日から始まった茨城県自然博物館の「さくら展」で石川さんたちの作品を鑑賞できる。
高尾義彦 (たかお・よしひこ)
1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の 追いつめる』『中坊公平の 修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ』を自費出版。
(日刊サン 2020.03.10)