日刊サンWEB|ニュース・求人・不動産・美容・健康・教育まで、ハワイで役立つ最新情報がいつでも読めます

ハワイに住む人の情報源といえば日刊サン。ハワイで暮らす方に役立つ情報が満載の情報サイト。ニュース、求人・仕事探し、住まい、子どもの教育、毎日の行事・イベント、美容・健康、車、終活のことまで幅広く網羅しています。

デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】いとしのダイアナ妃 地雷除去への道のりは遠く

 英国の故ダイアナ・フランセス妃は、美しさと行動力を兼ね備えた女性でした。今も胸に焼き付いているのは、痛ましい自動車事故で亡くなる数カ月前の1998年1月、王室を離れた彼女が内戦で荒れ果てたアフリカのアンゴラで地雷除去活動に携わったときの2枚の写真です。

 フェースガードと防護服で身を固め、危険な地雷地帯に踏み入れる勇敢な姿。地雷で片足を失った13歳の少女の横に座り、優しく微笑みかける慈母のような横顔。チノパンから日焼けした素足がのぞいています。高価なドレスやダイヤの指輪で飾られたプリンセスよりも、よほど魅力的だったように思います。

 それから4半世紀が経ちましたが、「悪魔の兵器」と呼ばれる地雷は駆逐されるどころか、世界中にあふれかえっています。目下のウクライナ戦争では、ロシア軍によって地雷が港湾地帯や農地など、実にウクライナの3割の国土に埋められている、とウクライナ政府は主張しています。これでは「ヨーロッパのパンかご」と呼ばれた肥沃(ひよく)な小麦畑での収穫もままなりません。

 そのウクライナも「花びら地雷」「バタフライ地雷」といった空中散布型の地雷330万個を保有していると言われます。ロシア軍の撃退に対人地雷を使い、子ども5人を含む民間人約50人を負傷させたと、国際人権団体のヒューマンライツ・ウォッチが告発しています。

 1997年の対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)には現在、日本やウクライナを含めて164か国が参加していますが、米国、ロシア、中国などは加わっていません。

 この条約への日本の加盟に大きな役割を果たしたのが、当時の小渕恵三外相(のちに首相)でした。小渕氏は一枚の大きなポスターを掲げてオタワでの会議に臨みます。そのポスターは中曽根康弘元首相が、地雷廃絶のキャンペーンに賛同して、ひと夏、軽井沢の別荘で描き上げた絵をもとにつくられたものでした。

 小渕氏は「自分と中曽根元首相は同じ群馬の選挙区で戦ってきた間柄だ。もっとも一度も自分の得票が上回ったことはなく、半分にも満たなかったことは何度もあるが」と笑いを誘い、「その人が自ら絵筆を取ってこのポスターの原画を描いた。わが国は、政官民一致して、対人地雷の廃絶に取り組む」と語ったのでした。会場からは大きな歓声が上がりました。

 米国から有形無形の圧力もありましたが、戦後の日本外交が独自性を発揮した数少ない場面だったように思います。翻って、いまの日本の米国追従ぶりといったら……。ま、やめておきましょう。

 地雷は長い時間にわたって、無辜(むこ)の人々を傷つける残酷な兵器です。1970年から20年以上続いたカンボジア内戦では、全土に400万~600万個の地雷が埋まっているといわれます。国際機関や自衛隊OBのボランティアらの支援を受け、カンボジア政府は除去作業に取り組んでいますが、内戦終結から30年たっても完全除去はいつになることやら。

 ウクライナのコルンスキー駐日大使は、将来のウクライナの復興に向けて、人地雷除去に向けた日本の「専門的、人道的な支援」を求めています。東北大学では、最新の地中レーダーと金属探知技術を組み合わせた新しい地雷探知センサー(ALIS)の研究が進んでいます。日本が貢献できる分野でしょう。でも、まずはウクライナが地雷撤廃に踏み切らないことには。

 日本では「地雷廃絶日本キャンペーン」(JCBL)の運営委員を務める目加田説子(めかた・もとこ)中央大学教授らの活動が知られています。もっと時代をさかのぼると、対人地雷の罪を告発し続けた「先駆け」が評論家の犬養道子さん(1921-2017)でした。犬養さんは戦前の5・15事件で軍部に暗殺された犬養毅首相のお孫さんです。

 『一億の地雷 ひとりの私』(1996年、岩波書店)という著書のページを改めてめくりました。「ゆくがよい、東南アジアの奥に。アフリカのあちこちに。難民流入地の国境地帯の方々に。ボスニアに。五人にひとりか。三人にひとりか。身障者、また身障者の大群」「大ざっぱに言って、一個製造にはわずか三ドルで足りる。一個除去にはミニマム千ドルかかる。千ドル掛けるミニマム一億……

 彼女の激しい怒りと焦燥感がいまも伝わってきます。ダイアナ妃や犬養道子さんの志は、なお果たされていません。世界は無軌道と苦痛と悲劇に満ちているのです。わたしたちは、もっと怒らなければなりません。

(日刊サン 2023.2.24)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

返信する

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
Twitter
Visit Us
Instagram