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木村伊量の ニュースコラム

【ニュースコラム】亡き人を見送る 弔(とむら)いを考える

 わたくしごとで恐縮ですが、昨年の大晦日の夜に身内が亡くなりました。かねて療養中でしたが、まさか除夜の鐘のころに旅立つとは。「逝(ゆ)くものはかくのごときか、昼夜をおかず」。孔子の言葉が頭をよぎりました。

 元日の午後からさっそく、葬儀社との打ち合わせ。事前に遺族の間で「なるべく費用をかけずに、身内だけのシンプルな家族葬で」と打ち合わせておきました。葬儀社のスタッフは「かしこまりました。手前どもは業界に先んじて、わかりやすい明朗な料金体系を導入しております」。祭壇、供花、棺(ひつぎ)から霊柩車の車種まで、細かな料金プランを見せられましたが、言葉はよくありませんが、ピンからキリまで。

 これもいらない、あれもいらない、もっと切り詰めて、と何だか年末の財務省の予算折衝みたいな話になりましたが、それでも想定した額をかなりオーバーする結果に。

 驚いたのは、葬式をつかさどる、さる宗派の仏教の坊さんの費用。「お布施はいかほど」とおそるおそる寺の副住職に尋ねると、パンフレットを渡されます。基本は導師に木魚や銅鑼(どら)などの鳴り物を叩くお供の僧を含めて5人が1セット。頼み込んで3人に絞りました。導師へのお布施についてはパンフレットに「通例は、20万円から50万円」とあけすけに記されているのです。まさか、正月の特別出張料金ではあるまいし、ちと、ぼりすぎじゃないの。

 ごく、ささやかな葬儀でもこの程度。いったい、日本では葬儀費用はいくらかかるのでしょう。2020年の「第4回お葬式に関する全国調査」によると、葬式費用の平均は119万円。これに飲食接待費、返礼品費用、寺へのお布施、戒名代など合わせると、しめて208万円が相場だとか。遺族の負担を考えると、おちおち死ねませんね。

 昨年末、たまたまオンラインで天海祐希さんが主演の『老後の資金がありません』という映画を観て笑いました。浅草の老舗の和菓子屋の義父が亡くなるのですが、家計のやりくりに四苦八苦の家には葬儀費用を払う余裕がありません。「お宅でしたら参列者が300人はくだらないでしょう。その香典だけで十分にまかなえますよ」と葬儀屋に乗せられ、費用総額は330万円に。しかし、いざ、葬儀当日に弔問に来たのは30人ほど。とんだ皮算用となって大赤字を抱え込む、という筋書きでした。

 故人をできるだけ丁寧にいたむ。そのことに異論を唱える人はいないでしょう。でも、「死せるもの、生けるものを煩(わずら)わすことなかれ」というのがわたしの信条です。親鸞聖人の言葉を伝える覚如(かくにょ)の『改邪鈔(かいじゃしょう)』に「某(それがし)親鸞閉眼せば賀茂川に入れて魚に与うべし。いよいよ葬儀を一大事とすべきにあらず。もっとも停止(ちょうじ)すべし=葬式はただちにやめよ」という一節があります。

 世間の常識にとらわれず、生死の実相を見つめた革命児・親鸞ならではの、激しい言葉というべきでしょうか。

 学生時代にインドを旅し、ガンジス川のほとりの、ヒンドゥー教最大の聖地バラナシ(ベナレス)を訪ねました。ガートと呼ばれる岸辺の火葬場にはひっきりなしに黄色い布で覆われた遺体が竹製のたんかで運ばれ、荼毘(だび)に付されます。鼻をつく異臭があたりに漂います。命が尽きれば、肉は焼かれ、骨と灰になる。何も残らない。そのシンプルな真実が、人びとに魂の平安をもたらしているように思いました。

 でも、この聖地もまさに「三途(さんず)の川も金しだい」。専用の小型ジェット機で特別の火葬場に運ばれる大金持ちもいれば、火葬の料金を払えない極貧の人々や子どもたちは、白い布にまかれ、焼かれずに川に葬られます。

小舟で川の沖合に出ると、素潜りをしている数人の男たちに気づきました。火葬された金持ちが身に付けていた貴金属や宝飾類をネコババしようと待ち受けているのです。まさに死と生、聖と俗が交錯する異界でした。

 いささかげんなりして川を離れると、荷台に積まれた子牛の亡骸(なきがら)を追うように、母親の牛でしょうか、小走りに後を追っています。その牛を、やせこけた野良犬がとぼとぼと、ついて行きます。

 そこには人間も動物もない。生きとし生けるものの哀しみ。夕暮れの田舎道の光景が、いまも目に焼きついています。

(日刊サン 2023.1.20)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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