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【ニュースコラム】謹賀新年:いとしの香港よ うるわしの台湾よ 新年に想う
香港を初めて訪ねてから、35年が経ちます。キラキラと輝く宝石のように魅力的なこの国際都市を、幾度訪れたことでしょう。
九龍半島の先端のホテルからは、船が行き交う海峡越しに高層ビルが林立する香港島が望めます。中国と英国のハーフの女医(ジェニファー・ジョーンズ)と、米国の新聞社の特派員(ウイリアム・ホールデン)との切ない恋を描いたハリウッド映画『慕情』(1955年製作)の舞台、ビクトリアピークにケーブルカーで登りました。タイガーバーム・ガーデン、レパルスベイ、そしてホカホカの点心の飲茶(やむちゃ)……懐かしい思い出が蘇ります。
しかし、香港はすっかり様変わりしました。コロナ禍がおさまっても、香港を再訪しようという気にはなかなかなりません。かつての香港は、中国の特別行政区として言論や集会の自由が保たれていました。ところが、「自由の氾濫(はんらん)」に危機感をつのらせる中国共産党の習近平政権と香港政府は、2020年の「香港国家安全維持法」の制定をテコに、なりふりかまわず民主派、反体制派の封じ込めを強めています。
民主的な選挙を求める2014年の抗議活動「雨傘運動」で、中心的な役割を果たして「女神」と呼ばれた周庭(Agnes Chow Ting)さんは服役を終え、9月にカナダへ出国しました。「香港にはおそらく一生戻らない」とSNSに投稿。事実上の亡命と見られています。
異例の長期一強支配をもくろむ習近平政権は、いったい何を恐れているのでしょうか。
新年、とても気がかりなのが、台湾をめぐる動きです。1月13日には台湾で総統選挙があり、混戦が伝えられています。その結果によっては、「中台海峡」の波風が高まる可能性があります。
米軍のインド太平洋軍司令官が「6年以内に中国が台湾に軍事侵攻する可能性がある」と発言したのは2021年3月のことでした。では、2027年までに「台湾有事」が起きるようなことが本当にあるのでしょうか。習氏は最近の米中首脳会談でも「平和統一」を強調しましたが、統一のための武力行使を放棄してはいません。中国・台湾通の日本の友人たちも、この話題になると口が重くなりがちです。
「ミリタリーバランス2022年版」によると、中国の地上部隊96万5000人に対し、台湾は9万4000人。航空機は中国3227機に対し、台湾は500機。圧倒的な戦力差があります。いざ、有事というときには米軍の来援なくしては勝負になりませんが、米国と台湾の間には、1979年に定めた「米台関係法」があるものの、米国は台湾防衛の義務は負っていません。バイデン大統領は「台湾を中国から守る」と繰り返していますが、若い兵士の血を遠い極東の島で流すのか。米国の世論が固まっているとは思えません。
ひとたび米国が軍事介入すれば、日本はいや応なく巻き込まれます。
中国が日本国内のインフラ施設へのサイバー攻撃を仕掛け、沖縄や岩国、横田、グアムなどの米軍基地を弾道ミサイルで攻撃し、「存立危機事態」や「武力攻撃事態」と認定されれば、日本も集団的自衛権を行使して自衛隊機が米軍機とともに反撃に出ます。主戦場は台湾海峡を越えて、北東アジア全域に戦火が及ぶだろうというシミュレーションは少なくありません。日米の介入を防ぐため、中国による「核の威嚇(いかく)」を予想する向きもあります。
軍事専門家の間では、ことさら「台湾有事に備えよ」と危機感をあおる声も聞かれますが、わたしは到底与(くみ)するわけにはいきません。いったん、米中間、日中間で戦端が開かれることになれば、全面的な戦争に発展することもありえる、と見るべきでしょう。それは、まごうことなく世界の破滅への道です。
中台軍事衝突の悪夢は、なんとしても避けなければなりません。情けないことに、日本の政治は2023年の終わりになって、政治資金パーティーをめぐるスキャンダルでまたまた麻痺したままです。いまこそ視野を広げて、中台双方に自制を迫るためには何ができるのか、日本独自の戦略ビジョンを練り上げておくことこそ、政治と外交の最重要課題だと思います。
台湾独立は、一部の人びとには「悲願」でしょうが、かなりハイリスクです。「岩盤のすきまに数滴垂らせば岩山もくずしかねない――ニトログリセリンのような運動」と書いたのは生前の司馬遼太郎さんでした(『台湾紀行』)。
(日刊サン 2024.1.1)
木村伊量 (きむら・ただかず)
1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。