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ニュースコラム 高尾義彦のニュースコラム

【高尾義彦のニュースコラム】原子力を考える ビキニと福島と原発政策急転換と

 3月は、いつも以上に、原子力の問題を考えるべき時のように思える。3月1日は静岡県焼津港所属の漁船第五福竜丸が1954年に米国のビキニ環礁水爆実験で被ばくした日。311日は2011年に、東日本大震災による津波被害で東京電力福島第一原子力発電所が壊滅的な被害を受けた日。そして岸田文雄首相は福島原発の教訓を忘れたかのように、原発の運転期間延長や新増設へと道を開く原発政策急転換の法案を3月の国会に提案しようとしている。

 ビキニデーを前に、「記念のつどい」が東京都江東区夢の島にある第五福竜丸記念館近くの会場で開かれた。フォト・ジャーナリスト、豊崎博光さん(73)が「もうひとつの被爆被害:故郷・文化・伝統の喪失-マーシャル諸島の場合」というタイトルで、自分が撮影した現地の写真を説明しながら講演した。豊崎さんは水爆実験の被害を受けたマーシャル諸島の取材を1978年から30年近くにわたって続け、『マーシャル諸島核の世紀』(日本図書センター)などを出版、核実験による悲惨な被害者の姿を伝える活動に力を注いできた。

 豊崎さんとは、40年程前に南太平洋バヌアツ共和国で開かれた反核太平洋国際会議の取材で知り合った。フリーのカメラマンとしてビキニ、ロンゲラップ、マジュロなどに核実験被害者を訪ね、実相を伝えてきた。米国本土の核実験場にも足を運び、この分野の取材・報道では第一人者だ。現場を歩き、被害者たちの声を伝える報告には説得力がある。

 米国とマーシャル諸島などは自由連合協定を結び、ハワイには協定に基づいて移住した住民も多い。米国は経済援助などを提供し、ミサイル実験のためクェゼリン環礁の使用権を保持する。協定は2003年に更新されたが、20年の期間終了が近づき、その動向に豊崎さんは注目する。講演後、ハワイ選出の議員が、核実験被害に対する謝罪決議を米国議会に提案する動きにも触れて、被害の現状はいまも続いていることを自分の写真や取材を通じて訴えていきたい、と今後の決意をもらしてくれた。

 来年はビキニ被ばく70年を迎えるが、マーシャル諸島住民の苦しみはいまも続く。直接的被害だけではなく、豊崎さんの報告によれば、住むべき故郷を追われ、移住先の島ではヤシなどを活用した従来の生活や漁業が出来ず、文化や伝統が失われている現実がある。報告を聞いていると、福島原発事故で避難した住民たちの多くがいまも帰還困難な状況に置かれ、事故以前の生活が取り戻せていない状況を考えざるを得なかった。

 フクシマではマーシャル諸島と二重写しになるさまざまな問題が続くが、直近の課題としてトリチウム汚染水の海洋放出が迫っている。福島1号機の冷却などに使用された汚染水はたまり続け、原発敷地内に設けられた1000を超える貯水タンクは、この夏にも満杯になるといわれる。

 このため処理水の海洋放出を選択せざるを得ず、政府はトリチウムの濃度を基準以下に薄めて放出する方針を表明、地元の同意を求めている。しかし、仮に基準以下の濃度であっても、周辺海域で水揚げされる漁業資源に風評被害がつきまとうことは避けられない。風評被害などに対応した基金などの運用が納得できるものになるか、見通しは不透明だ。

 こうした状況の中で岸田政権が打ち出したのが、原発政策の急転換だった。政府の脱炭素戦略の司令塔となる「グリーントランスフォーメーション(GX)実行会議」で昨年824日、岸田首相は運転期間延長や次世代原発の開発・建設を検討する考えを表明し、わずか4か月後の1222日、次世代原発の開発とリプレース(建て替え)の推進、既存原発の60年超の運転を認める基本方針を取りまとめた。岸田政権は202110月に閣議決定した「第6次エネルギー基本計画」では、原発を「可能な限り低減する」との表記を踏襲していたが、その後のロシアによるウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機を理由に、原子力政策を大きく転換した。

 原発の運転期間は「原則40年、最長60年」とする現行制度の大枠を残した上で、原子力規制委員会の安全審査などによる長期停止期間を運転期間から除外する新ルールを設け、実質的に60年超の運転を可能とする政策に転換した。この方針には、原子力規制委員会(5人)の委員の一人が反対し、安全性や妥当性に疑問を残して国会審議が続く。

日本の原発(現在33基)は「核のゴミ」(使用済み核燃料)の最終処分場の問題など未解決の課題を抱え、岸田政権の政策転換が実現する道筋は容易ではない。国民は自らの問題として今後の動きを注視しなければならない。

 ここで、ちょっと明るいニュースをひとつ。「3・11」で被災した三陸海岸の岩手県田野畑村に金の延べ板120枚(60キロ)が寄付され、換金額は5億2824万円に上った。贈り主は「震災前から村にゆかりがある国内在住の人物」。原発政策に取り組む政治家らには、この温かい善意を見習ってほしい。

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ』を自費出版。


 

(日刊サン 2023.3.8)

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