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ニュースコラム 高尾義彦のニュースコラム

ノブレス・オブリージュを、  天下分け目の関ケ原で考える

ノブレス・オブリージュという理念を、日本のリーダー、エリートたちがどれだけ真摯に考え、実行しようとしているのか。安倍晋三元首相に代表される10年近い保守政権のありようを振り返ると、深い疑念を抱かざるを得ない。あえて日本人に限定することは誤解を招くかもしれないが、新しい年を迎えて、かつての日本人にはもっと良質な行動規範が備わっていたのではないか、との思いを強くする。

このテーマを、豊臣と徳川が最後の戦いを繰り広げた古戦場・関ケ原(岐阜県)を舞台に展開されている「せきがはら人間村財団」の活動を通じて考えてみたい。

言うまでもなくノブレス・オブリージュnoblesse obligeは、フランス由来の概念だ。一般的に、財産、権力、高い社会的地位を保持する人には相応の義務が伴うことを意味する、と解説される。貴族、エリートに、自発的な無私の行動を促す不文律の社会心理ともいわれ、エリートと呼ばれる人たちが備えるべき美徳と言ってもいいかもしれない。

日本には、フランスのようなエリート教育や貴族の伝統はないが、政治や経済などの分野でリーダーの地位を占める人たちが自覚し体現すべき「義務」と認識すべきではないか、と筆者は常々、考えてきた。そのひそかな期待が、ことごとく裏切られてきたのが、最近の政権運営の在り方だった。失望は絶望の段階にまで達しているが、そこから這い上がり立ち上がって未来を展望する意味で、関ヶ原の営みを紹介したい。

登場していただくのは、関ケ原製作所の社長などを歴任し、いまは「せきがはら人間村生活美術館」ファウンダーとして、ライフワークに力を入れる矢橋昭三郎さん(82)である。社長在任中の矢橋さんは、オイルショック、プラザ合意後の円高、バブル崩壊と三度の経営危機を乗り切って、「会社は人間ひろば」との理念を追求し、2006年に会長に就任した後、現役を退いた。

矢橋家は、中山道・美濃赤坂宿(現大垣市)の旧家として、俳人松尾芭蕉が宿泊したと伝えられ、400年を超える歴史がある。矢橋一族は石材会社から出発して、国会議事堂建設の設計や石材提供に関わり、「世界の大理石王」と呼ばれた時期もあり、一時は銀行業も手がけた。戦後に発足した関ケ原製作所はトンネル掘削などの大型工作機械、船舶用クレーンや鉄道用分岐機などを製造し、最近のデータでは年間150億円近い売り上げを記録している。

筆者が初めて関ケ原を訪れたのは、「聖なる苑 アジアの山水」をテーマに、伊吹山を望む広い敷地に、インド、ネパール、日本の彫刻家が野外彫刻を展開した2008年のサマーフェスティバルだった。企業経営と並行して、「人間村」を目指す活動が本格化した時期だった。矢橋家には、「陰徳を積め」「書画骨董に親しめ」という家訓があり、「陰徳」はまさにノブレス・オブリージュと通い合う理念だといえる。企業として利益を上げるだけではなく、美しいものに目を向ける感性を大事にして、芸術家を応援し、制作・発表の場を提供してきた。

「せきがはらのアート空間づくりは1987年、フランスの世界的彫刻家ピエール・セーカリーが関ケ原に立ち寄った時に始まる」と矢橋さんは美術館のパンフレットに記している。セーカリーの彫刻「合歓」「関ケ原」などの作品が野外に展示され、その後、人間村キャンパス一帯に、さまざまな彫刻などが点在するアート空間が広がった。「人間村では、美しいという感性が育っている」と矢橋さんは言う。

こうした実績を踏まえ、「生活美術館」は昨年3月、それまでの個人美術館を一新して開館された。すでに版画などのアーティスト、柳澤紀子さん、彫刻・版画の若林奮さんの個展が開かれ、年が改まって、「人間村」の活動に初期から関わってきた彫刻家、杉本準一郎さんと画家、加藤正嘉さんの作品を「人間村誕生の軌跡と継承する志」として展示する。

杉本さんには、2008年のサマーフェスティバルで初めて野外彫刻の作品を楽しませてもらって以来、交友を続け、個展や国立新美術館の新制作展などを拝見してきた。大理石の作品も多いが、木彫に愛着を持ち、「三方良し」などの理念を抽象彫刻で表現する。2月18日から始まる企画は、30年来の「人間村」活動を世に問うもので、矢橋さんの持続する志を感じる。

一貫して関ケ原の「アート空間」を広げ充実させてきた矢橋さんとは、15年ほど前、東京・門前仲町にある和風の店「久寿乃葉」で知り合い、縁が出来た。第一印象は、経営者というより文人のような個性を感じさせて、話を伺っていると、いまの日本の現状に疑問と不安を抱き、日本人はもう少し、良質な社会を作ることができるのではないか、と危機感を抱いていることが感じられて、共感するところが多い。

地元以外では、知名度が高いとはいえないが、そんなことにはこだわらず信じる道を一歩一歩、前に進む姿に、日本社会の将来を照らす光を、と願う。

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ』を自費出版。


(日刊サン 2022.1.19)

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