中国に由来する旧暦(きゅうれき)の季節区分に「二十四節気」があります。春夏秋冬をさらに6つに分けたもので、いまは「小満(しょうまん)」に当たります。草木がすくすくと成長して天地に満ちあふれる、という意味で、日本では梅雨に入るまでのもっとも爽やかな季節です。
ところが、今年はなんだか様子が違います。
5月17、18日は岐阜、埼玉、福島の計4地点で35℃以上の「猛暑日」となり、全国各地で熱中症に倒れて救急車で病院に運ばれる人が相次ぎました。まだ田植えの季節というのに、電車の中は冷房ががんがんと効いています。
こうした異常現象は、どうやら日本に限りません。世界各地から届いた「異変」の例をいくつか並べてみましょう。
- 米国のミズーリ州では、直系10センチ、グレープフルーツ大の雹(ひょう)が大量に降った。
- イタリア北部のエミリア・ロマーニャ州では豪雨と洪水で1万人を超す被災者が出た。
- 南米ウルグアイとアルゼンチンは、史上最悪の干ばつと水不足に見舞われた。
- フランス南西部のスキーリゾート地では、元日に気温が25℃近くまで上昇し、雪不足で閑古鳥(かんこどり)。
いったい、地球に何が起きているのでしょう。今月17日、世界気象機関(WMO)が発表したところによると、南米ペルー沖から太平洋中部の海域で起きる「エルニーニョ現象」によって、今後5年間の世界の平均気温は、「産業革命前と比べて1.5℃上回る可能性が66%ある」というのです。
気象研究機関の「世界気象トリビューン」(WWA)は同じ日、「インド、バングラデシュでは100年に1度の猛暑が、今後は5年に1度発生する心配がある」と警告しました。
地球温暖化によって海水の温度が上がっているのは、どうやら疑いのない事実で、四海に囲まれた日本でも本州の南海域で獲れるクロマグロが北海道で水揚げされたり、本来は暖水系にいるチダイ、タチウオ、トラフグが宮城県沖で獲れたりという変化が現れています。「海水温度が1℃上がると、魚たちは5~10℃の上昇に感じるはず」という研究もあり、魚の中にはより冷たい深海を求めて生息域を変える種類も増えてきたそうです。
寒流の親潮と、暖流の黒潮がぶつかるあたりを好むサンマは、海中温度の上昇で漁場が北方領土に近い海域に北上し、全国のサンマの水揚げ量は4年連続で減少。なかでも、「日本一のサンマ漁港」を長年誇ってきた千葉・銚子漁港の昨年のサンマ水揚げ量は、何と「ゼロ」でした。
しかし、地球が一直線に「灼熱化」しているか、と言うと、そうとも言い切れないのが難しいところ。日本が猛暑の一方で、フランスでなぜ雪が降るか。離れた2つ以上の地域の気圧の関係を説明するために、「テレコネクション(遠隔結合)」という学説も耳にしますが、異論も少なくないようです。
いまでは信じがたいことですが、1970年代には、地球の温暖化よりもむしろ寒冷化が大きな問題になっていました。テレビの宇宙解説で人気を博した天文学者のカール・セーガン博士は、森林の消失と伐採による「劇的な寒冷化」を警告しました。「ガイア理論」で知られる大気学者のジェームズ・ラブロック氏は「5500万年前には北極海の水温が23℃まであがり、ワニがうようよ泳いでいた」と語りました。
たしかに、長い時間軸で見ると、地球は温暖化と寒冷化をシーソーのように繰り返してきたのかもしれません。大気中の二酸化炭素排出を劇的に減らせさえすれば、温暖化にストップがかかるという「信仰」には眉唾(まゆつば)な感じもします。けれども、すくなくともここ数十年という近未来に照準をあてるなら、地球温暖化がこれ以上歯止めなく進めば、太古以来の循環的な調節メカニズムが働かなくなり、もう元には戻れなくなる不可逆の「転換点」(tipping point)を迎える、という見方には正当性があるのではないでしょうか。
ハワイは常夏のイメージですが、日本も温暖帯(temperate zone)から亜熱帯(sub-tropical zone)に変わって来たように思います。あーあ、今年はひときわ暑い夏をすごすことになるのか。いまから、ちょっとうんざり。
(日刊サン 2023.5.26)
木村伊量 (きむら・ただかず)
1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。