先日、なんと30歳になってしまいました。ついに大台に乗ってしまったような気がしますが、あまり実感もなく、まだまだ自分では子供っぽくて未熟だなと思っています。子供のころ思っていた「30歳」はもっと自立していて、オトナで、輝いていたような気がします。たとえば、私の母が30歳のときは家事に育児にと家庭を守り、大きな責任を負っていました。ところが私ときたら毎日自分のお世話で精いっぱい。自分のお世話すらままならない日もあるほどです。こんなものでいいのだろうかと自問自答しながらも、30歳としての一歩を踏み出したところです。
かつては女性はクリスマスケーキにたとえられ、25歳を過ぎると「商品価値」がなくなるとまで言われた時代がありました。まったくひどい話です。時代も変わり、女性の自立や社会進出が当たり前となった今ではさすがにそのようなことを表立っていう人はいなくなったでしょう。しかしながら、世の中にはアンチエイジングや、「老い」と戦っていくため、あるいは備えるためのものがあふれ、どうしても年を重ねることへの不安は拭い去ることができません。
それもそのはず、人間は生まれた時から確実に死への道を歩んでいます。死なない人間はおらず、人は皆、日々老いていくのです。老いるということ、年を重ねることに対するその根源的な、ある種本能的ともいえる恐怖は生きている以上必ず味わわなければならないのでしょう。
誕生日の夜、家族とちょっといいレストランに行き、サプライズでバースデーケーキを出してもらったとき。同席していた3歳の甥が、自分のバースデーケーキだと思って大喜びしていました。彼にとっては、「ろうそくをフーしてケーキを食べる」イベントである誕生日。そのキラキラの笑顔を見ていると、大きな節目を迎えた自分への焦りや不安なんてどうでもよくなってしまいました。
お腹いっぱい食べて、ろうそくも消して、ニコニコでスキップしながらレストランを後にする甥。十分の一しか生きていない彼から学ぶこともとても多いものです。30歳の私が目指すべきなのは、目減りしていく残りの人生に思い悩む哲学者気取り精神ではなく、その一日一日をしっかり楽しむちびっこマインドなのかもしれません。
何はともあれ、30歳になりました。たしかこのコラムを始めたときが20歳前後だったと思うので、なんと10年近くもここに居座っています。読んでくださっている皆様、支えてくださっている日刊サンの皆様への感謝を込めて、このコラムを結びたいと思います。
CAN OF ALOHA No.96
金平 薫 (Kaoru Kanehira)
香川県出身、現在はハワイ某所にて武者修行中。 日々のあれこれを、ゆるりとお伝えできたら幸いです。美味しいものには目がありません。 なんでもない毎日は Instagram:kaoru_days をご覧ください。