ユニコーンの鬣、古代の夜中の黒髪
金髪は、いつの時代もみんなの憧れの的。古代エジプトでも金髪の奴隷は特別な待遇を受けたという。ブリーチやカラーで髪色を金髪にしている人や、白人の子供で金髪の子は沢山いるけれど、大人になっても天然の金髪を持つ人は地球上の全人口の約1.8%しかいないという。ヨーロッパ系の白人に最も多いが、オーストラリアの原住民アボリジニーや中近東の一部にも天然の金髪を持っている人がいるらしい。
私が今までに見た中で一番美しかった金髪は、マウイ島で働いていた時の同僚だったスイス人女性Aさんの、腰まで伸ばした真っ直ぐなプラチナ・ブロンドだった。時々、白髪と見紛う一歩手前みたいなプラチナ・ブロンドの人がいたりするけど、Aさんの髪は(私的には)程よいプラチナ具合で、美しいツヤもあった。近くで見せてもらうと、所々に少し暗い亜麻色の毛束や、赤みを帯びたストロベリー・ブロンドが入っている。太陽の光が射すと透き通ってうっとりするほど輝きを増す。その複雑な光の屈折は、妖精の髪やユニコーンの鬣など、架空の生物が持つ体毛を連想させた。彼女はその髪を、束ねたりピンで留めたりすることはなく、洗ってとかして自然乾燥したままにしていた。その無造作な感じがかえって稀に見るブロンドの美しさを際立たせていた。
20代前半だった彼女の服の趣味は、髪の美しさと相反するパンク・ファッションだった。2000年代後半当時、ドイツやスイスの若い人の間でパンク・ファッションが流行だったらしく、全体的に黒っぽい服を着て、鼻や舌、眉尻のところにピアスを空け、眉毛は限りなく薄く、目の周りはアイラインで黒く囲んで、口紅はプールの授業が終わった後の小学生の唇のような色だった。
Aさんは髪の毛だけではなく目の色もとても美しく、モルジブの海のような緑がかった青だったのだが、彼女はその目の周りに幅5ミリくらいの黒いアイラインを引き、ボディーピアスは計15個くらい空けていた。そして、年中温暖なマウイという島で、どれだけ暑い日でも黒い革のブーツを履き、黒の革ジャンを羽織っていた。
そんな夏のある日、Aさんは休暇を取ってスイスに帰って行った。そして1ヶ月のバケーションから帰って来た彼女は・・・、今でも思い出すと「うおぁぁ~っ」と叫びたくなるのだが、なんと、黒髪ショートになっていたのだった・・・。あの妖精のようなレア中のレアのブロンドが、古代の夜中のような漆黒に・・・。その上、頭頂部がトサカになったショートヘアになっているのである。7月にパリでパンクファッションの人たちのイベントがあったそうで「それにコスプレして出る時、友達みんなで黒髪にしたの」と言っていた。「切った分の髪はどうしたの?」と訊いたら「普通に捨てた」(!!)という答えが返って来た。
ちなみに、ナチュラルブロンドの髪はとても高く売れるのをご存知だろうか。例えば髪の売買サイトHair Sellon.comでは、50センチのナチュラルブロンドは1000ドル前後で売られている。つまり約1000ドルを普通に捨てたと言うことに・・・。しかし、後の祭り過ぎるので言わないでおいた。
ブロンドは大変惜しかったものの、黒髪のショートもAさんのパンクファッションにマッチして、よく似合っていた。彼女の髪は、その後数ヶ月かけて徐々に逆プリンになっていったけど、それも個性的で意外と悪くなかったのだった。
楽園綺譚