相合い傘のマンハッタン
西海岸で発生している山火事の煙がニューヨークまで飛んで来て、朝なのに夜のようなもやで街が覆われている。約4800キロも遠くははなれた場所まで届くほどの火事。どんなに遠くはなれていようとも、わたしたちは同じ一つの地球で生活しているのだということをあらためて思う。これ以上被害がでず収まっていきますようにと毎日祈るばかりだ。
ここ、ニューヨークはもうすっかりアフターコロナに突入し、ものごとの進むスピードが数ヶ月前の何倍にも加速し、勢いを増している。一気に街がひとが動きだし、溢れ出すエネルギーの激しさに圧倒されることも多々ある日々。
そんな中、先日心がほっこり一息つける出来事があった。
友人宅からの帰り道。急な雷雨に濡れながら急ぎ足のニューヨーカーたちが目につく中、あるひとりの白人老婆がこちらにむかって歩いてきた。90歳はすぎていただろうか。まともに前を見られないほど腰も曲がっている。ちょうど屋根のある場所をウォーカーを押しながら、一歩一歩、ゆっくりゆっくりと歩いてきた。その姿は、頭のてっぺんからくつまで雨でびっしょり。
思わず、「傘、使いますか?」って聞いてみると、「両手がふさがってるのに使えるわけないでしょ!」と起こられてしまった。あ、そうだった。わたしの訊ね方がよくなかった。傘をさして差し上げようと思ったのだけれど、老婆は、わたしが傘をそのまま渡そうとしたのと勘違い。こんなときは、言葉をかけるよりさっと行動で示すことの大切さを学んだ。
気を取り直して、おばあさんに傘を向けるとおばあさんはわたしの顔を覗き込み、ひと言。「なんでこんなことしてくれるの?あなた、ひまなの?」って(笑)。いま、ちょうど友人宅から帰宅するだけだから時間はあるよ、とわたし。
そこから、おばあさんとの相合い傘がはじまった。
どこまで帰るのかわからないおばあさんとの相合い傘。いつもは目的地があり街を歩く時間が、今日は目的地すらわからない未知の時間。そのうえ、おばあさんと一緒にあるくペースはわたしがいつも歩いている10分の1よりもゆっくり。「ああ、わたしはなんて速いスピードで急いでいたのだろうか」そんなことを思ってハッとする。まわりの景色を楽しむこともなく、急いでいたじぶんに気づかされた。
突然、頭上から雨のかたまりがわたしたちめがけて落ちてきた。声をあげてふたりで驚く。傘の範囲こえて、木から落ちてきたその雨にびっくりしてお互い顔を見合わせた。そのとき、おばあさんが初めてにっこり、肩をすくめて無邪気に笑った。わたしもつられて笑った。
おばあさんの笑顔があまりにも純粋で子どもみたいにキラキラしていて。なにかとてつもなく美しいものを見せられたように感じた。
そうこうしているうちに無事、到着。なんどもありがとうを繰り返すおばあさん。
おばあさんに御礼をいいたいのはわたしの方だ。目まぐるしく進んでいく世の中。そのスピードの変化についていくのに一生懸命で、先に向かって行くことに急いでばかりいたわたしに、ゆっくり、いまこの瞬間を味わうことの大切さを気づかせてくれてありがとう。
短い時間だったけど、確かに豊な時間だった。一期一会。おばあさんが今日も元気でありますように。
私の旅ストーリー
大森 千寿
NY在住。香川県高松市生まれ。アーティスト・作家・アートセラピスト・米国NLP協会認定マスタープラクティショナー・現代レイキマスター。NY・ハワイ・日本の3箇所にアートスタジオを構え活動。著書に、amazon電子書籍「ハワイに不動産を購入して人生10倍楽しむ方法」「ハワイで聞いた! 32通りの生き方(第一弾)」「人生の冒険」がある。NYで新しい扉を開く2日間プログラムやニューヨーカーと行く穴場ツアー、アート最前線ガイドなど開催中。 www.chizuomori.com ameblo.jp/adamwestonart
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