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退職の決意

退職の決意

(前回まで)「世界をまたにかけて働く」ことを幼少からの夢としていた私は、意と反して損害保険会社に入社。順風満帆な生活を送っていたが、会社が急きょ経営破たん。その後の人生を切り開くために渡米。悲願のMBAを取得し日本に凱旋帰国したが、帰国から1年も経たず父が他界した。

 

 2005年5月のある日。実家付近の公立中学に立つ「希望の像」という彫刻の前に私はいた。父が他界してから四十九日の法要まで埼玉の実家に身を寄せていた。そして、父がモデルであるこの像を訪れる機会が多くなった。この日、そこでこんな報告をした。「お父さん。俺、銀行辞めることにしたよ」。

 この実家にいた期間では一人の時間が多く取れ、多くのことを考えることができた。約1年前に米国から帰国し、日本社会への順応と父の闘病に忙殺され続けてきた。父の死と共に一息ついた時、退職という二文字が具体化してきたのだった。

 勤務先のメガバンクに、他のメガバンクとの合併の話が持ち上がっていた。多くの合併話が途中で頓挫するのを目の当たりしてきたので、合併が現実に近づくまで余計なことに思案を巡らせるのはやめようと自分に誓っていた。しかし、この話は実現に向けて動き、約半年後の2006年1月1日に新銀行としてスタートすることが公に宣言された。

 これを受け同僚たちが騒ぎ始めた。銀行の合併はドライで酷だ。巷では「対等合併」と公言されているが、現実の合併の形態は我々の方に分が悪い。不利な方にいる行員たちの行く末は手に取るようにわかる。というのも、我々自身が数年前に全く同じことを優位な立場で行って今の銀行を誕生させたからだ。端的に言えば、今、我々の周りで冷や飯を食わされているのは、分が悪いほうの出身者が大半であった。

 加えて、ある時に上司がつぶやいた一言が胸に刺さった。「日本一の銀行になっちゃったら、俺たちマーケティングって存在する意味あるのかな」。私はマーケッターとしての醍醐味は、自分の描いた戦略によって上位会社のシェアを奪い会社の業績アップに貢献すること、という考えを明確に持っていた。しかし、日本一になったら防戦一方だ。そのような中で今のモチベーションを維持し続けるのは困難だと感じ始めていた。

 時間の経過と共に自分の未来もそれとなく見えてきた。両行のマーケティングの組織は一旦統合する。そこでふるいにかけられ、人によっては営業現場行きとかもあるだろう。真っ先にふるいにかけられるのは分の悪い我々の方。でも、マーケッターとして入行した私にはここしか居場所がない。すると、付加価値の少ないルーティン業務などを中心に細々とその道の専門家として退職まで同じことを続ける…。

 将来の不透明感は不安を募るが、それが明確になった時に明暗がはっきりする。残念ながらお先真っ暗という将来像しか浮かばず、新しい可能性を模索するようになっていくのである。

(次回につづく)

No. 171   第3章 「再挑戦」

Masafumi Kokubo

ミネソタ州ウィノナ在住。1995年中央大学法学部卒。損害保険会社勤務後、アイオワ州の大学院にてMBAを取得。その後、メガバンク、IT企業を経て、現在は全米最大の鎖製造会社の副社長を務める。趣味はサーフィンとラクロス。

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