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苦難の船出

苦難の船出

(前回まで)「世界をまたにかけて働く」ことを幼少からの夢としていた私は、意と反して損害保険会社に入社。順風満帆な生活を送っていたが、会社が急きょ経営破たん。その後の人生を切り開くために渡米しMBAを取得。その後メガバンク勤務を経て、経営企画マンとしてのキャリアを積むため、渋谷にあるベンチャー企業の門を叩く。入社から1年半後、子会社であるISP社の立て直しのため転籍、副社長に就任した。

 

 2007年12月。渋谷にある親会社の会議室。社長(元専務)と私は激論の最中にいた。新生ISP社の本社所在地についての議論であり、社長は親会社の金川社長も取込み新宿の住友三角ビルへの入居を主張。これに真っ向から反対したのが私であり、元の上司であり私が離脱した後の経営企画を一手に担ってる常務を味方につけ、激論となった。その時は熱くなってよく分からなかったが、その対立構図はその前も良く見られた光景である。

 2007年10月のISP社副社長就任以降、新経営陣にとっての一番のミッションは成長戦略の実現であった。ISP社はNTT東日本の指折りの代理店。その経験で培った営業力とコンサル力を武器に、グループにおけるマーケティング会社となることが期待されていた。求められていることは実にシンプル。マーケティング系のビジネスを立ち上げ、その売上を伸ばしていくこと。具体的には営業・マーケティングに特化したコールセンター事業を新たに立ち上げ、NTT東日本の代理店事業に匹敵する規模にまで拡大することを目標とした。ちなみにコールセンターは本体の方で大規模に運営しておりその運営ノウハウがあったが、今回はISP社としてスクラッチから構築することとなった。ここまでは社長も私も同じキャンバスの上で同じ絵を描いていた。

 ボタンの掛け違いが生じたのは、その戦略の実現方法だった。社長は、まずセンターを構築しそこで働く人を採用することを主張した。しかもそのスケールが半端なく、新宿の住友三角ビルに入居し、そこのワンフロアが一杯になるほどのセンターを作るとのこと。非常に夢のある話だ。ところがこれには大きな問題がある。それはセンターを構築し人を採用するのは良いが、そのセンターで行う「お仕事」がない。即ち、売上が立たずにコストが先行する。しかもそのコストは莫大で、一旦この方向に舵を切ったら即仕事を入れていかないと脆弱な財務基盤であるISP社なんて数か月でふっ飛ぶ。それが分かっていたから私は社長に反対した。

 私も会社の将来がかかっているので一所懸命戦ったが、結局は両社長に押し切られる形となった。押し切られたが、財務上のリスクを払拭した上で賛同した訳ではなく、そのリスクはリスクとして認識しつつも、社長をはじめとした当社営業部隊が大きな仕事を獲得してきてくれるという「幸運」に賭けた形だった。

 このような複雑な心境ではあったが、以降、社長の右腕として社長の夢の実現に向けて全力を尽くしていくことになる。そのことは次回以降で書いていくこととしたい。

(次回につづく)

No. 194   第3章 「再挑戦」

Masa Kokubo

1995年中央大学法学部卒。損害保険会社勤務後、アイオワ州の大学院にてMBAを取得。その後、メガバンク、IT企業を経て、現在はグローバル企業にて世界を相手に奮戦中。趣味はサーフィンとラクロス。米国生活は通算7年。

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