(前回まで)「世界をまたにかけて働く」ことを幼少からの夢としていた私は、意と反して損害保険会社に入社。順風満帆な生活も束の間、会社が経営破たん。その後の人生を切り開くため渡米しMBAを取得。メガバンク勤務を経て、新たなキャリア形成のため、渋谷にあるベンチャー企業の門を叩く。それから7年が経過して「幼少からの夢」を追いかけることを決意したところ、複数の資本政策案件が同時に舞い込んできた。
2013年3月末に志望企業の最終面接を終えたにも関わらず、合否の音沙汰がないまま時間ばかりがいたずらに過ぎていった。面接での手応えやその後の転職エージェントからの情報でもほぼ内定で間違い無いのだが、その証拠となる内定通知が来ないことには安心はできない。焦燥感ばかりが募っていった。
焦燥感を募る理由は複数あった。まずは、社内への“顔”だ。我が社はベンチャー企業らしく、年初に全従業員を集めてのキックオフ集会を大々的に行う。その場で私は登壇し、現在の経営環境と今期の目標を高々に宣言する役目を担う予定になっていた。そんな大役を買った人間が後日退職するとなると会社の士気に悪影響を及ぼす。だからそれまでに、白黒はっきりつけたかった。
志望企業からの内定通知が届いたのは、キックオフ集会を翌日に控えた2013年4月19日のことだった。もうキックオフ集会で登壇することを覆せない状況になっていた。
その日、私は入社以来私を支え続けてくれた常務と夕食を共にした。酒が適度に回った頃、「常務。大変申し訳ございません。これ以上常務のお手伝いをすることが叶わなくなりました」と私から切り出した。この人には言葉では言い尽くせない恩義と思い出がある。言葉が口をつく度、数々の出来事が思い出され、自ずと涙がでた。
私の話を一通り聞いた常務は、「お前流石だな。そんなすごい会社に行くのか。ほんと良かったな。俺も嬉しいよ」と言った。これは彼の本心だ。彼は、物事を公平にみて、良かれと思うことに対しては会社の利に反しても応援する。最後の最後まで私の良き理解者で居てくれてる。そう思うと私も本心で今までのお礼を伝えた。常務は、「いや、お礼を言わないといけないのは俺の方だ。本当に今まで会社の為にありがとう。明日は大変だと思うけど、頑張ってな」と私の背中を後押ししてくれた。
翌日。六本木にある住友不動産のイベント会場。前日に常務に転職のことを打ち明けて多少なりとも心の落ち着きを取り戻した私は、私情を捨てしっかり今日の役割を務めようと誓い登壇した。壇上からの光景は圧巻だった。1000人以上入れる会場をびっしりと社員が埋め尽くしている。思えば7年前。入社後間もない頃に参加した初めてのキックオフは、せいぜい200人程度だった。
スピーチが終わり、ステージ中央で深々と頭を下げた。スピーチでは一切触れていない、みんなへの感謝と今後の会社を頼むぞという思いを込めた。割れんばかりの拍手が会場を包んでいた。
(次回につづく)
No. 237 第3章 「再挑戦」
Masa Kokubo
1995年中央大学法学部卒。損害保険会社勤務後、アイオワ州の大学院にてMBAを取得。その後、メガバンク、IT企業を経て、現在はグローバル企業にて世界を相手に奮戦中。趣味はサーフィンとラクロス。米国生活は通算7年。
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