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【My Destination】第3章 「再挑戦」最後のご奉公 Part 3
(前回まで)世界をまたにかけて働く」ことを幼少からの夢としていた私は、意と反して損害保険会社に入社。順風満帆な生活も束の間、会社が経営破たん。その後の人生を切り開くため渡米しMBAを取得。メガバンク勤務を経て、新たなキャリア形成のため、渋谷にあるベンチャー企業の門を叩く。それから7年が経過して「幼少からの夢」を追いかけることを決意したところ、複数の資本政策案件が同時に舞い込んできた。
「本当にそれだけで宜しいのですか?」。2013年4月上旬。渋谷クロスタワーにあるベンチャー企業の一室。我々が出資しようとしているこの会社の“番頭”とも言える取締役は、裏返った声で私に訊ねてきた。「もちろんです。我が社から、営業担当の役員1名を派遣させてください。彼は営業畑の男ですから経営に口出しはしません。経営は引き続き今の経営陣で行ってください」との私の回答に対して、「本当に宜しいのですか?」と念を押す。「大丈夫です。私が全権を委任されてここに来ていますから、私の言葉は代表の金川の言葉と思ってください」。そう言うと。「小久保さん、あなたという人は」と絞り出すように言いながら、この番頭は深々と頭を下げた。
いかつい顔の番頭の目から涙がこぼれていた。この会社の社長は、“ベンチャー企業の社長”を絵に描いたような自由奔放な人物。きっとその裏でこの番頭は何度も何度も頭を下げてきたに違いない。そして訪れた経営難。彼がどのような辛苦に耐えてきたかは、想像を絶するであろう。そのようなところに突如我々が現れ、救いの手を伸ばすという。世の中に虫のいい話はない。出資と引き換えにリストラ提案を受けると彼は想像していたようだ。ところが、想定とは真逆の自治権を与えられるという。この思いもしない展開に、感極まっていたのだろう。
「これから同じグループとして一緒に頑張りましょうね。ただ言っておきますけど、私は身内には厳しいですよ」と冗談で打ち合わせを切り上げると、この番頭は涙を拭わずに何度も頭を下げ私を見送ったのだった。
M&Aのポイントは、値段と買収後のプランであると私は考えている。値段は売り手と買い手で決めるのだが、ほぼ全ての場合が大きく乖離する。だから許容範囲内に収まれば、そこから先はあまり細かく考えないように私はしている。一方、買収後のプランは本当に重要である。世間でもM&Aの成功率は3割程度などと言われるが、その成否のカギは買収後のプランだ。だから私は、価格がある程度決まったところで、買収後のプラン策定に注力する。
クロスタワーを出た私は、大きく肩で深呼吸した。これで、同時進行で進めていた全てのM&A案件に一定の目途がついた。ここから私の会社は目の先。“これでみんなに恩返しできたかな”と大腕を振って社長への報告に向かった。
並行して行っていた転職活動も、志望企業の最終面接を終え合否結果を待っているところである。望むように事が進めば、今度は今の会社における私自身の「幕引き」をどう演じるかということが最大の焦点となってくる。
(次回につづく)
No. 236 第3章 「再挑戦」
Masa Kokubo
1995年中央大学法学部卒。損害保険会社勤務後、アイオワ州の大学院にてMBAを取得。その後、メガバンク、IT企業を経て、現在はグローバル企業にて世界を相手に奮戦中。趣味はサーフィンとラクロス。米国生活は通算7年。
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