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A社長からの提案

A社長からの提案

(前回まで) 経営企画マンのスキルを一から学ぶために渋谷にあるベンチャー企業の門を叩いた私は、入社以降、大手企業との業務・資本提携や競合会社の買収などで大忙しであった。その集大成が東証マザーズ市場への株式上場準備であったが、上場申請を目前にして、大株主の1社に“黒い噂”があるとの理由から証券会社が当社の上場支援から降りてしまう。その後を託した新たな幹事証券会社からは、その株主との資本提携解消を上場申請支援の条件として突きつけられた。

 

 「こんなの無茶ですよ!」常務の悲痛ともとれる声が社長室内に響いた。我々の前にはメールのコピーが置かれている。差出人は渦中の大株主の代表取締役であるA社長。悲願の上場を果たすため、半年前から同社との資本提携解消の話を水面下で進めてきた。話は、提携解消を渋るA社長との間で平行線をたどり泥試合の様相を呈していたが、やっとここで前進し始めた。ただ、A社長が突き付けてきた資本提携解消の条件が非常に高く、感情をすぐ表に出す常務は激高している。「でも、やるしかないよな」。社長が絞り出すようにつぶやいた。2007年の初夏のことであった。

 このA社長率いる会社は、私がこのベンチャー企業に転職するちょうど1年前に株主として資本参加した。ただ、その手法が巧妙だった。株主になるにはその対価を支払う必要があるが、A社長は現金ではなく「株式交換」という手法を取った。しかも、その株式はA社長の率いる会社のものではなく、A社長が個人で所有する「ISP社」の株式だった。ISP社はかくしてこの資本提携で我々の傘下に入ったのだが、A社長も引き続きISP社の少数株主として残った。裸一貫でやってきたA社長のサバイバル本能とでもいうべきか、この複雑な資本構成により、提携解消が一筋縄ではいかないようになっており、かつ、提携解消を目指すなら我々にとって重荷になるように当初から仕組まれていたのだ。

 話を冒頭のA社長からの提案に戻す。まず、A社長はわが社の株式を手放すこと(=売却)には同意したが売却時の最低株価の条件を付けてきて、これが法外に高い金額であった。我々の選択肢は2つ。当社で買い取るか、買ってくれる新たな株主を見つけるか。当社で買うには、この法外な買取価格が経営に大打撃を与えてしまう。ゆえに、消去法として新たな株主を見つけることとなった。続けて子会社であるISP社。わが社としてはA社長に買い戻してもらうことを期待したが、A社長の主張はその逆で、わが社が完全子会社にすべき、とのこと(即ちA社長から追加の株式取得を行う)。これを断れば、A社長は株主で居続けるわけで、わが社に選択の余地は無かった。

 こうして、社長、常務と共にわが社の新たな株主候補を探すことになった。一言で言うとわが社の売り込みであるのだが、最低価格が決められているので、興味を持ってもらっても、価格で折り合わないケースがほとんどだった。私がそれまで行ってきたどの営業活動より過酷に思えた。胃がキリキリ痛むような日々が続いた。

 全てが八方ふさがりに見えたその時、私の携帯が鳴った。メガバンク時代の“戦友”からであった。

(次回につづく)

No. 188   第3章 「再挑戦」

Masa Kokubo

1995年中央大学法学部卒。損害保険会社勤務後、アイオワ州の大学院にてMBAを取得。その後、メガバンク、IT企業を経て、現在はグローバル企業にて世界を相手に奮戦中。趣味はサーフィンとラクロス。米国生活は通算7年。

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