IPO(上場)申請 Part2
(前回まで) 経営企画マンのスキルを一から学ぶために渋谷にあるベンチャー企業の門を叩いた私であったが、入社以降、大手企業との業務・資本提携や競合社の買収などで大忙しであった。その極めつけが東証マザーズ市場への株式上場申請準備であったが、上場申請を目の前にして、橋渡し役である証券会社とのコンタクトが不可能になった。
2006年10月下旬のある日。既にしびれを切らしていた常務と私に社長秘書からお声が掛かったのは昼過ぎであった。社長室に入ると、ちょうど証券会社から戻った社長が我々に着席するよう促した。社長は、「証券会社に着くなり、いきなりこれ見せられてさ」と言いながらカバンから一冊の経済誌を取り出し、あるページを開いて我々の前に差し出した。そのページは見開きになっており、何かの相関図のように組織や人名が矢印などで結び付いている図が描かれていた。タイトルには“黒い影”といった表現があり、世間を賑わしていたライブドアや村上ファンドなどといった自己の利益のために不正な株取引や株価操縦などを行う、いわゆる“反市場勢力”の繋がりが描かれていた。
「ここ」と、社長がその図の左上の端にある会社を指さすと、常務が「うわっ」と大声を上げた。私は何のことかさっぱり分からなかったが、社長と常務は十分理解していた。
その会社はわが社とは直接の取引関係は一切無かったのだが、わが社のある大株主と資本関係がある会社のようであった。以前、マスコミに取り上げられたことがあったようだが、この会社が反市場勢力のメンバーか?というとそこはあいまいで、いわゆるグレーゾーンにあたる会社だという。上場申請を前に進めるプッシュをするため単騎で証券会社に乗り込んでいった社長であったが、証券会社のこの“返答”は全く予期していなかったようで、さすがの百戦錬磨の社長も引き下がるしか選択肢が無かったようだ。
それから数日後、証券会社の担当が私と常務を訪れた。通常担当は二人組であったがその日は一人だった。「鈴木さんはどうなされたのですか?」と私が訪ねると、「鈴木は今回のことが相当堪えたらしく、出社が出来ない状態なんです。」と回答があった。いずれにしても、今回の経緯、すなわち上場申請がストップしてしまった理由が務と私に説明された。常務が、「御社もわが社のことを反市場勢力と思っているのですか?それが理由なんですか?」と詰め寄ると、証券会社の担当者は、「そんなことは全く考えておりません。ただ、東京証券取引所は市場の秩序を乱す勢力の一掃を考えており、その流れに逆行するようなことは微塵たりとも許さないという強い決意を持って対処されているんですよ。」と逆に熱くなった。
常務が「事情は分かりました。では我々はどうすればよろしいのでしょうか?どうすれば上場申請できるのでしょうか?」と尋ねると、証券会社の担当者は、「実は、我々にもどうしていいか分かりません。つまり、我々ではもうこれ以上御社の上場申請を進めることができません。本当に申し訳ありません。」と深々と頭を下げた。
上場申請再開に向け、困難であろうが何かしらの打開策を期待していた常務と私であったが、それに対する証券会社の回答は、「我々を見捨てる」とのことだった。我々もこの予期せぬ回答にただ茫然と立ち尽くすだけであった。
(次回につづく)
No. 185 第3章 「再挑戦」
Masa Kokubo
1995年中央大学法学部卒。損害保険会社勤務後、アイオワ州の大学院にてMBAを取得。その後、メガバンク、IT企業を経て、現在はグローバル企業にて世界を相手に奮戦中。趣味はサーフィンとラクロス。米国生活は通算7年。
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