M&A Part1
(前回まで) 「世界をまたにかけて働く」ことを幼少からの夢としていた私は、意と反して損害保険会社に入社。順風満帆な生活を送っていたが、会社が急きょ経営破たん。その後の人生を切り開くために渡米しMBAを取得。その後メガバンク勤務を経て、新たなライフワークに取り組むため、渋谷にあるベンチャー企業の門を叩いた。
銀行を辞めてこのベンチャー企業に飛び込んだ理由は、経営企画マンとしてのキャリアを積みたいからであった。転職時は33歳。すでに10年超の社会人経験があったが、経営企画の経験はない。また、MBAで経営企画業務に役立ちそうな理論や手法を学んだが、それを実践で活用したことは皆無に近い。ゆえに全てのことをゼロから学ばなければならない状況だった。そんな私の指導にあたってくれたのが、上司である常務であった。
この常務はユニークなキャリアの持ち主である。私と同じ中央大学出身。学部は理工学部だったのになぜかリクルートに入社、経理部配属となる。その時に世の中を震撼させた「リクルート事件」が発生、東京地検特捜部が同社にガサ入れした際に、地検の命令で経理関係書類が入った段ボール箱を運んでいる姿が地上波で流された、とよく口にしていた。数年後には転職し、“TSUTAYA”を運営するカルチャー・コンビニエンス・クラブの株式上場に携わる。その後ソフトバンク系列のベンチャー企業など数社経験したところに、当社からお声が掛かった。経験豊かな経営企画のプロであった。
ベンチャーは実力社会。どんなに立派な経歴を持っている人でも、実戦で役に立たなければ淘汰されていく。そのような厳しい環境の中、この一瞬とっつきにくい常務とよほどウマが合ったのか、私は常務から次々と仕事を学び、経営企画未経験であったものの入社数か月後には戦力とみなされた。未経験者でも役に立つなら偏見なしに重宝される。それがベンチャーの良さでもある。
入社からしばらくして会社は都内のコールセンター会社を買収する方向に舵を切った。買収の検討は我々経営企画室に一任された。M&A(企業買収)業務は非常に特殊である。経理や営業などと違い、その業務に従事する人の数も世の中では少ない。しかし、常務はM&A業務に関しても経験が豊富であり、私は常務のカバン持ちとしてどんな雑用でも進んで引き受けながら貪欲に業務をこなしていった。後日談となるが、M&A業務はこの原稿を書いている今でも私の業務スコープに入っており、これまで何十件ものケースを担当してきた。その第一歩が踏み出されたのがまさにこの描写のところであるが、その時は、その後こんなに多くのM&Aを経験していくとは夢想だにしなかった。
買収に向け、ファイナンシャルアドバイザーや弁護士、または会計士といったその道のプロたちと多くの協議が連日行われていった。その先には買収候補先がいて、こちらに有利な提案は先方に不利なケースが多く、先方にとって都合良い場合はこちらが何かを譲歩するようなダイナミズムの中で、買収というものが少しずつ形になってきた。
そして2006年5月下旬のある日、ついに調印式を迎えた。しかし、その調印式で事件は発生した。
(次回につづく)
No. 181 第3章 「再挑戦」
Masafumi Kokubo
1995年中央大学法学部卒。損害保険会社勤務後、アイオワ州の大学院にてMBAを取得。その後、メガバンク、IT企業を経て、現在はグローバル企業にて世界を相手に奮戦中。趣味はサーフィンとラクロス。米国生活は通算7年。
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